隅田川散歩

月島川水門

勝鬨橋から旧鉄砲洲に沿って遡上、古地図で、はとば公園、あかつき公園とも水路。明石町ポンプ所も入り江。長閑な遊歩道になっているが、古地図では鉄砲洲の周囲は河岸や湊があった。

引用元 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1286660?tocOpened=1

明石町ポンプ所

■築地にミッション系の創始地が多い理由

安政6年(1859)6月、日米通商条約締結、江戸に外国人居留地を作ることに。明治元年(1868)築地鉄砲洲を外国人居留地と定めた。主にキリスト教宣教師の教会堂やミッションスクールが入った。様々な私学発祥の碑がある。聖路加病院も居留地と関係。

鉄砲洲という出島に居留地を作った意図、長崎の出島のように隔離する意図はあったのだろうか。

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■電信機役所跡

1837 米人、サムエル・モールスがモールス電信機発明

嘉永7年(1854)2月24日 ペリー提督、幕府に献上のモールス電信機を横浜において実験

慶応4年(1868)9月7日 神奈川府判事寺島陶蔵(寺島宗則)東京~横浜間に電信建設を建議

明治元年(1868)12月電信架設の廟議決定

明治2年(1869)8月9日 横浜弁天灯明台~神奈川県裁判所間に官用通信開始
9月 神奈川県裁判所構内に伝信機役所開設 9月東京~横浜間(東京築地鉄砲洲運上所~神奈川県裁判所間)電信線建設工事に着手
10月12日 築地鉄砲洲運上所内に伝信機役所を開く
11月「伝信機の布告」が公布。伝信機役所を伝信局と改称
12月25日 電信創業・東京~横浜間に公衆和文通信開始、ブレゲー指字機使用

明治3年(1870)
4月16日 東京~横浜間に横文(欧文)通信開始

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■東京税関発祥の地(運上所跡)

<運上>租税の一種。もとは荘園から中央への貢納のこと、江戸時代に入ると租税化。農業以外の各種産業従事者に一定税率を定め運上と呼んだ。これに対し一定の税率等を定めずに必要に応じて上納させたものを冥加と呼んだ。

<運上所>安政元年1854年、日米和親条約締結後、日本各地に開港、運上業務、外交事務を行った。1872年11月28日全国の運上所が「税関」と統一される。税関のゆるきゃら「カスタム君」の誕生日は11月28日。

■赤レンガが多い理由

明石町周辺の堤防外壁の赤レンガ。外国人居留地にあわせ明治期に修景された。

対岸に、佃島水門(背の高い構造物)と右に佃島住吉神社鳥居、左の四角錐台座は石川島灯台
中央大橋遠景

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