総武鉄道跡(廃線跡)

「総武鉄道跡を見に来たのですが歩いていけますか?」そう質問した私に、若い物井駅員はちょっとわかりません、と素気なく回答、年寄りを見るような目で。

物井駅から佐倉駅の間には、単線の総武鉄道跡が、現在の線路を遠回りするように残っている。現在の物井-佐倉間は台地にトンネルを掘って複線化され、これから行く総武鉄道跡は廃用となった。

物井駅を振り返る。鉄道の沿道が線路を離れ、農地の脇道を進む。灌漑用水のせせらぎとカエルの鳴き声を聞きながら。

総武快速線 E217系

物井~佐倉間、向きは佐倉方面。右に弧を描きながら大崎台を貫通し、佐倉にいたる。これに対し、直進するように存在していたのが総武鉄道。

物井・千葉方向を眺めてみる。↓

物井~佐倉間、向きは千葉・物井方向。こちらからみて、左カーブが終わる辺りから右方向にあぜ道のように直進して見えるのが総武鉄道跡、拡大してお示しします。

木が一本生えているあぜ道のようなところが総武鉄道跡(廃線跡)。

グーグルアース。奥が物井・千葉方面、手前が佐倉方面。

緑のマークのあたりが前の写真の木。直進する総武鉄道(旧総武本線)。

直線的に築堤されている。佐倉方面に進むと、物井川橋梁亀崎橋台跡がある。次の写真、堤が切れている、かまぼこの端っこのように。。。

石垣で法面を覆われた築堤の中央にレンガ造りの橋台、石垣がアーチ状に両サイドから補強する。

左が佐倉方面、右が物井・千葉方面。

総武鉄道物井川橋梁亀崎橋台跡(現地の看板より転記)

JR総武鉄道の前身である私鉄「総武鉄道」は明治二十七年(1894年)に市川ー佐倉間で開業した。

物井川の低湿地を通るため軌道敷は盛土により築堤し、その端部には土留のため間知石を積み上げて翼壁とする。橋梁は鉄(鋼板)桁で、橋台部分は煉瓦造りである。煉瓦は長手方向と小口方向を交互に積み上げるオランダ積みとい呼ばれる積み方で、天端には笠石風の装飾を施す。橋桁を支える部分は花崗岩(御影石)製の床石を配して補強している。橋台に使用された煉瓦は製造所の刻印が確認できるものがあり、桜の花びらのモチーフが二種ある。うちひとつは東京の小菅集治監(現在の東京拘置所)で製造された、旧法務省の建物と同じ煉瓦で、日本の煉瓦製造の初期の段階の製品である。

総武鉄道市川ー佐倉間は、千葉県内で最初に開通した鉄道路線であり、その当時に建造された物井川橋梁亀崎橋台は県内最古の鉄道遺構として、近代土木技術史上貴重であることから、四街道市指定文化財に指定された。

指定日平成十九年三月五日 四街道市教育委員会

寸分たがわぬ正確なレンガ積み。

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