根室標津駅跡

黄色いマーカー部が標津線

根室原野開拓のための鉄道、標津線

根室標津駅跡。転車台は鉛丹色が鮮やか、C11機関車が転車台に滑り込もうとする位置にレイアウト。転車台の色は赤で、戦前は赤。人力で転車台を回すイベントもおこなわれている。

防錆塗料として赤い光明丹が使われ、今も売られている。しかし鉛の毒性を考慮し、削減目標が掲げられている。でもこの鉛丹色がシャシーや車両の屋根などの用途の鋼材にはよく似合う。

標津駅指定文化財(史跡)標津駅転車台

標津線は、根室原野開拓の大動脈として昭和4年に鉄道の敷設が、昭和6年に釧網線と根室線とをつなぐ線路が決定して工事が着工されました。昭和9年に厚床ー中標津間、昭和11年に標茶ー計根別間、昭和12年に計根別ー標茶間が完成し、前線が開通しました。

標津線は根室原野への開拓物資、開拓地からの生産物の輸送という重要な役割を果たしてきましたが、道路網の整備と自動車の普及によって、貨物量、乗客が減少して平成元年に廃止されました。

転車台は始発駅に設置された施設で、台の上に機関車を載せて方向を転換するのに使われました。根室原野開拓に活躍した標津線、標津駅の52年間の歴史を物語る施設です。(標津町教育委員会)

標津線 根釧原野の林産資源並びに鉱産資源の開発を目的として建設された鉄道

開業 1933年12月1日 廃止 1989年4月30日、

起点:標茶駅、中標津駅 終点:根室標津駅、厚床駅

北海道には士別駅があり、混同しないように”根室標津駅”となった。

斜里町から標津まで、知床半島を横断する鉄道も計画、しかし中止、その遺構をたずねる

根室標津以遠では1957年に斜里~ 越川間が根北線として開業、わずか13年後の1970年に廃止。

越川~根室標津間に、建設途中のまま放棄された路盤の遺構である越川橋梁が残っており、今回たずねた。知床半島を横断しようという途方も無い計画路線にも思えるがロマンがあっていい。

 ローマの水道みたい。国道244号線を斜里から標津に向かう途中に、国道を横切るように存在する。

夕方、西側の橋梁
東側の橋梁、西日に照らされる
西側の橋梁

立て看板の内容

第一幾品川橋梁(越川橋梁)

この橋は、旧国鉄根北線のために昭和14年に着工完成した10連アーチ橋で、全長147m、高さ20mあり、当時のコンクリート建築技術を伝える建築物として、また戦時下の過酷な労働を伝える歴史遺産として貴重なものです。

根北線は昭和32年に斜里~越川間が開通しましたが越川橋梁までは線路が伸びず、昭和45年に廃線となっています。以下略


道路の拡幅工事のために橋脚が2本撤去され、無残な形になっている。

斜里方面、すなわち北西にカーブしている

下は、斜里町立知床博物館に展示してあった越川駅の駅名標。下越川が斜里方面の隣駅。

越川~下越川あたりの田園風景

標津から標津線沿いに丘をのぼって中標津に宿をとった。

コメント

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