釧路湿原細岡展望台のそばに釧網本線が走っていた、本線の本とは?

釧網本線は釧路湿原の東縁を走っている

駐車場から展望台まで歩く途中、鉄道があることに踏切の音で気付かされた。釧網本線釧路湿原駅が間近にある。屈斜路湖のアトサヌプリ鉱山で産出された硫黄を標茶経由で釧路港に運ぶ鉄道。釧路湿原の縁を走っているとは知らなかった。長い鉄道の歴史と比べ、この駅は観光用の臨時駅として比較的最近できた。

湿原に築堤・架橋し敷設された当時の苦労を思う。釧路湿原を挟んで向こうの西縁には鶴居村営軌道が南北に走っていた。鶴居はその名の通り、丹頂鶴が飛来するという。

釧路湿原をカヌーで巡るツアーがあるという。楽しそうだな。

釧網本線は単線で侘しいが本線と言って良いか

釧網本線は”本線”ではあるが、見た目はローカル路線の風情。標茶釧路間はまだしも、標茶と斜里の間は乗客が少なく廃線が取り沙汰されている、いわゆるお荷物路線。山陽”本線”や東海道”本線”を基礎にイメージすると目測を誤る。が、本線の定義に立ち返ると理解できる、次のようだ。

本線の本は「本格的な」の意ではなく「支線があること」

明快な定義であることに改めて気付かされる。

以下、話がとんでもなく脱線する。

悲しみ本線日本海はどこなのか、歌詞から絞り込む

以下蛇足。

森昌子の”悲しみ本線日本海”、はどこだろうか。手がかりを歌詞に求める。

①”日本海”側の”名も知らぬ港町”

②”シベリアおろしの北の海”

以上二点から流氷域に近い北海道、北部西岸と推測した。

③”入り江沿いに灯りが揺れる”

つまり港町で、そして何より

④”本線沿いの駅”に絞られる。

森昌子 哀しみ本線日本海 (1986-06-29)

鉄道網最盛期の昭和19年の時刻表を参照、北海道に限ると、本線で日本海を題材にできるほど近い駅は、”宗谷本線稚内から抜海まで”と、”留萌本線の留萌駅”(羽幌線と増毛線は支線を持たず本線ではない)、”函館本線銭函駅から余市駅”まで。岩内、瀬棚、江差などの港町へ盲端線があるがこちらも支線を持たず本線ではない。本線が少ないこと、砂浜海岸が多く入り江地形が少ないことから候補地は意外に少なく、案外絞り込みはたやすい事がわかった。最もイメージに近いのが抜海駅であると強く考えた。

抜海駅は、大変な秘境駅である

抜海港とは。稚内から南下して二駅目の抜海駅そこから歩いて3km弱で抜海港にでる。北海道新聞の記事には次のようにある。

「全体にゆるやかな海岸線が続く北部日本海岸で、抜海(ばっかい)岬の「突出」は目立つ。砂浜続きの海岸の中で、波を防いでくれる岩場に恵まれた抜海港は貴重な天然の港だった。開拓期には、利尻、礼文両島への渡海地でもあった」。

現在、抜海駅は秘境駅ランキング29位、駅周辺は人家2軒、廃屋1軒、宿は楽天トラベルでは0件、民宿は2件あるようだ。歌詞にある”入り江沿いに灯りが揺れる”ような、町並みは僅かながらある、あるといえばあるという程度に・・。ゴマフアザラシが消波ブロックで越冬する様子が観察できる事以外興味を引くものがない。森昌子の衣装からして、ここまで極めた秘境を念頭に歌詞が作られたとはちょっと思えなくなってきた。

そんなところに、傷心旅行で降り立つのは相当の覚悟なのか、またはせん妄状態で判断力がおちているのか、そもそも変わった人なのか

果たして森昌子が傷心一人旅でここ抜海駅を選ぶだろうか。物哀しさを強調するためにわざわざ抜海を選ぶとしたら相当の覚悟を決めているか、譫妄状態で判断能力が落ちていて無用の駅にふらふら降り立ってしまって呆然としているか、本当の物好きな気持ち悪い旅人かとしか思えない。手紙をしたためているぐらいだから、精神耗弱による突発的事象とは思えない。根っからの動物好きで一人旅の無聊を慰めるためゴマフアザラシをふと見に行こうと思い立ったとするなら、描写する対象がなさそうな抜海の風景を描く際に、最低でも「嗚呼、ゴマフアザラシよ、シベリアおろしに打たれリャ寒かろに」ぐらいの言及が歌詞にあって然るべきだ。比定地としてはややのぞみ薄か。

参考までに秘境駅ランキング http://hp1.cyberstation.ne.jp/hikyoueki/Top50-2019.html

その割には、私が死んだら泣いてくれますか、などと手紙をしたためていたりする。

③”入り江沿いに灯りが揺れる”

抜海駅の仮定をさて置く。捜査の目を南に向ける。銭函~余市の間でも砂浜海岸が多く、北海道の日本海沿いには入り江らしい地形は少なく、管見の限り、入り江があるのは忍路漁港、小樽、余市以外みあたらない。

忍路漁港(オショロ漁港)は入り江沿いに明かりが揺れる町並みがわずかにありそうだが釣り船がメインのようだ。駅からもかなり遠い。小樽も余市も敢えて言うところの「名も知らぬ」港町とするにはあまりに名が通りすぎている印象がある。そして捜査は袋小路へ・・。

”もしも死んだらあなた、あなた泣いてくれますか”

と切り札、正直相当うざい感じの女だ・・・。これは計算なのだ、せん妄状態などでは決してない。

①”日本海”側の”名も知らぬ港町”

名も知らぬについて、いま一度考察する。本当に知らない可能性、あるいは今いる場所さえわからない精神混濁状態、後者は否定的。第三の推測として、自分の居場所を明かさず人知れず旅立ちたいために「名も知らぬ町」に敢えてしているのではないか。探さないでください、でも死んだら悲しんでくれますか、こうノタマウのである。気をひこうとしている気持ち悪い女にしか思えない。そこで、余市、または小樽の線が再び捜査線上に浮上する(≒よくわかりませんでした)。

いつも駄文にお付き合いいただきありがとうございます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました