においと片頭痛

北海道への思い入れが高じ、移住を妄想し始めました。妄想だけですけれど。


さて、旅のひと月前、週末の宿は確保しておこうと考え、根室の民宿を予約した。行ってみるとそこまで混み合ってるわけでもなく、押さえておくほどのこともなかった。

雨が小止みになって、宿についた。薄暗い玄関、誰もいない。古そうなスリッパ。絵的には乱雑で味がある、こういう所に泊まりたかった。この木造の民宿は本当の昭和を感じられる。予約の時に変わった断り書きがあった。「労働者の宿ですからタバコのニオイが苦手な方は遠慮ください」と。廊下で作業服を来たおじさんとすれ違う、長期滞在のようだ。一体いつからあるのだろう、トイレは懐かしの”ぼっとん式便所”である。「いいお部屋ですよ」とおばちゃんに案内された部屋は、小さな床の間があり広く、暖房の配管が隅にある。窓枠は重たい木製で重厚、三重の窓だ。つくりは古いが耐寒性が素人目にもわかる。

しかし何やらニオイが気になる、これが殊の他きつい。動きの悪い窓をギコギコ開けて換気する。ぼっとん式便所の匂いとその消毒薬の匂いだけではない何か、得体のしれないニオイが加わっている。それがわからないから厄介だ。識別できれば不安は解消する。屁を発したのが誰だかわかると場は和む、屁のヌシが不明の状態に似ている。

廊下に出てニオイを分析する。あのトイレのような匂いとクレゾールのニオイが廊下づたいにうっすらしている。他室から漏れるタバコの新しい煙のニオイが被さっている、壁や天井に染み付いたやにの匂いも混じる。これらは「わかる」ニオイだから平気だ。だが部屋に戻る、あれ?それと違うニオイがする。部屋の匂いだ。ペット可能ということで動物?、いや獣臭とも違う。

「とてもいいへやですよ」おばちゃんの言葉が頭の中で木霊する。ニオイを除けば。いや、私の感覚が間違っているのかもしれない。生来嗅覚だけは異常に良い、その感覚自体のために私は苦労してきた。感度の良すぎるアンテナは混信をきたすから電波工学では減衰器を用いる。しかし人間の嗅覚は減衰が出来ない。苦手なサワデー系の消臭芳香剤が二個も部屋に置いてあることに気づく。宿のご主人もニオイには勘付いて対策している。または何らかの形で客から”フィードバック”があったか。芳香剤異種が二個、このブレンドだけでも得体が知れない匂いになりうる。

たとえは悪いが、まるで獣臭のするオスの畜肉をニンニクやトウガラシでバカみたいに濃い味付けをして食べる放牧民の無神経な料理のようなというか、悪臭を芳香剤の匂いでねじ伏せてはいるのだが、ねじ伏せきれてないばかりか、相加相乗的である。抵抗してガオーと立ち上がった悪臭が、消臭芳香剤自体のケミカルな刺々しい匂いと取っ組み合いのファイトを演じているかのうようだ、ゴジラ対メカゴジラの逆襲、もうやめてくれ、クラクラしてきた。たまらず一旦外に出て喫煙した。片頭痛の起こり始めのようないやな鼻腔の奥の疼きを感じた。嗅覚は本能的な知覚で感情と直結する。

若い時ほどにおいは感じなくなってきているが、それでも感情的にきつくなってきた。明らかなことは、メインが有機臭でそれ以外のなにかが悪さをしていること。片頭痛のなりかけであったかもしれない。ぼっとん便所にいくと、臭いのは当たり前で、そんなのは不安にならない。得体の知れるニオイのほうが得体のしれないニオイよりは良い。この気分の悪さは、参観日の母親達の得体のしれない強い香水のニオイで吐きそうになったあの不安な感じと似ていた。ケミカルな感覚で神経が過度に刺激され飽和するようだ。

よくわからないものは不安になるから既知のものでラベルして頭でねじ伏せよう(未知のものばかりの子供にはこの手は使えない)。形容すれば、アンモニアが発生している一夜干しにサワデーのフローラルの香りと森の香りをはべらせて、クレゾール臭とたばこのけむりと灰皿のヤニのニオイを同時にかがされる感じに加え、トドメとして味噌樽に頭を突っ込んだようなニオイとが入り混じっている。

そうは言いつつ、三度くらい便所に行った頃に慣れてきた。人間の適応能力というのは大変素晴らしいものだと、先程の恐慌を自嘲する。ニオイの機能の一つは警戒を促すこと。いかに異臭を警戒しても、警戒の必要がないニオイであることが時間経過とともにわかったら、どんな異臭も不愉快にならなくなる。嗅球と扁桃核が発する警戒信号は逓減し、大脳の理解が徐々に優位になる。もし仮にそのニオイとともにすごい美人が出てきたら、そのニオイは得体のしれないニオイから、好きなニオイとして紐付けされることだろう。

翌朝、宿をでようと玄関でおばちゃんに挨拶をして鍵を返したら「食べていきなさい」と朝食の部屋を指差した。もう食べざるを得ない感じにおいでおいでと(嫌な感じではない)。素泊まりだったのだけど朝ごはんをつけてくれた、ラッキー。あっちのおかず食べなさいこっちの食べなさい、これは素材はナニナニで、と大鉢を指差す。料理はどれも味付けがちょうどよくて野菜も美味しかった。魚卵やサバの焼いたもの、鰊を煮たものが美味しかった。

昨日あれほど不快に思っていた建物のニオイを一晩経つと不思議と気にしなくなっていたことに気づく。まるで片頭痛がひく時のように不快感がスッキリ消えていた。

コメント

  1. […] のつけ半島 第二回 のつけ半島 エビの形 牛乳 ホタテバーガー 別海町 根室 花咲蟹 根室の夜の街 においと片頭痛 […]

  2. なんか大変でしたね…。
    私も匂いは駄目ですね…。
    部屋変えてって多分言っちゃうと思う”(-“”-)”

  3. よっちゃん より:

    コメントありがとうございます。
    ドットールヴラニエスなら良いんですが、
    サワデー二本はキツかったです!

  4. 化学的な匂いのするサワデーは私も苦手です(>_<)

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