デカメロン

疫病が流行っており、デカメロンを読んでなぐさめようかと。デカメロン自体がペストの流行期にペストとは違う話でもして気晴らししましょう、という内容の短編集です。

以下、あらすじも書いたので、これから読む人は読まないほうがいいかもしれません。絶対読まねえという人はどうぞ。

かつてフィレンツェにペストが流行した時、病人を不人情に避けて、ワインなどを持ち寄ってひとところに集まって静かにうち暮らす人がいたり、別の人は、飲んだり遊んだり欲望のまま色事に耽って暮らし、できるだけ笑い飛ばして暮らすのが悪病退治の妙薬と言い張り実行する人がいたり。一番効果がある方法は街を捨てて逃げることでした。街を逃げることにした若い男女が、道中、お慰みに面白エピソードを語り合うのがデカメロンの枠組みで、ペストの悲惨な情景は冒頭に限り、ほとんどはペストとは無関連の説話集です。カミユの「ペスト」のような重さはありません。


デカメロンは、ペスト禍のヨーロッパを目の当たりにしたボッカッチョが書きました。内容はエロ話、坊さんの悪口、金持ちのケチさ加減について、などがしつこいぐらい続く。ペストになんの効果もない教会の権威が落ち、神と個人の一対一の関係が深まっていった時期でもあります。それが宗教改革に連なっていく。坊さんの悪口がこれでもかと書いてあって、当時の空気感がわかる。またボッカッチョは商人の出自で、金持ちでどケチな連中がおそらく大嫌いなご様子で、描き方が手厳しい。


デカメロン一日目

チャッペルレットという悪行三昧であったやくざの金貸しゴロツキが、いまわの際に、聖職者に罪の告白をする、私は清らかであると。「私は童貞である」だのすべての悪の所業は神を意識してのことなどと、最後まで白々しい嘘の限りを尽くして聖職者を騙して自らが聖人に列せれられる話。

ユダヤ人アブラハムに「キリスト教に改宗しないと地獄に落ちる」と言う人があり、まずお試し見学体験をとローマへ行くアブラハム。ローマでの無軌道で低劣でよこしまなキリスト教徒の暮らしぶりをみて、こりゃあイイネ!といわれたとおりに改宗するはなし。

ユダヤ人メルキゼデクがサラディンから「ユダヤ、イスラム、キリストのどれが上だ?」と質問をされ3つの指輪の話、親が子に一人づつ優劣なく指輪を渡す話をして、知恵者よ、と難を逃れるNHK大河ドラマに出てくるワンシーンのような話。

僧院の修道士が欲望の赴くまま娘を犯したが、指導監督すべき修道院長までこの娘の魅力にやられてしまい同罪、穴兄弟になってしまった。修道士は次のように言い、難を逃れた「私はまちがって正常位でやってしまうという罪を犯してしましました、先程拝見しましたが、修道院長にならって騎乗位でこれからはいたします」修道院長は「お、おう。。」

公爵夫人が国王に言い寄られて、メンドリばかりの料理をつくって出す。公爵夫人はこういった「メンドリの味は似たりよったりってことがおわかりですかいの」と国王の下心を蹴散らすNHK大河ドラマのワンシーンのようなはなし。これは一本取られましたな的な国王、物分り良すぎる。。

異端審問官の偽善を暴く話。食べ物のクズを施しとして貧乏人に与えている偽善まみれの修道院で、それを指摘して鼻つまみものになる話。

一時的な気分でケチになった王様が、費用が支払われず、困った人が、同じような故事を述べて一本とる抜け目ない話。

「Courtesyの絵を壁に」とドケチな金持ちオヤジに言い放ったら恥ずかしがって改心した話。courtesy とは礼儀正しさ、以外に”Willingness or generosity in providing something needed.”厚意とか気前良さの意味もある。

臆病で悪口ばかり言われても我慢をするタイプで、無為無策のキプロス王がいた。婦人が「世間から色々馬鹿にされておいでですが、どうやったら堪えられるのですか、あんたドM?素晴らしい堪え性のお殿様でいらっしゃいます」などと褒め殺しされ、改心する話。

(完全に腑に落ちる話というより、なんかすごくわかんないこと言ってるジジババの話を、あんまり理解してないんだけどウンウンって聞く感じ。客のジジババの話を聞かされている感じにもなる。)

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 《デカメロン》
黄色い服の王女様、きれいな体育座りしてるよ・・・

「あの人は天然だ」と他人からする揶揄がある一方で、自称で、ジブン天然ですの!と振る舞う、いわゆる意識高い系ナチュラル派、グレ太とか世田谷に居そうな天然派とかそういうのかな。それを次のように批判する。

”ご婦人方や紳士がたの中に立ち交じってまともな口が利けないのは本人の心が生まれつき正直で清らかなせいだなどと思い込んでいらっしゃる。そんな愚かさ加減を正直な美徳と信じておられますが、(中略)天然自然の女の天性が本当にこのようであることを天は望まれたでしょうか。女達はそうと信じでいるようですが、しかしそれならあのぺちゃくちゃのお喋りもなにか別の方法で抑えていただきたいものでございます”

これを登場人物の女性に言わせているけれど、ボッカッチョの意見じゃろ。

デカメロン二日目の話題

蹇(あしなえ)のフリがバレて無実の罪まで着せられるひどい笑い話。(「配慮を行うと原文への忠実を失う」と訳者注)。

追い剥ぎにあったカッコイイ男が、高貴な未亡人宅に偶然助けられ、未亡人がちょうど会う人と会えなくなってたところでムラムラしており、未亡人のお求めに応じ、お礼とばかりに激しく朝までナニをいたすというエロ話。


(声をひそめてクスクス笑うような話ばかり。。さすがは読み継がれるめいさくよのぅ。)


馬を買い付けにナポリにいったうぶな男は大金を持っていた。そのお金をめざとく見つけた売女が、自分は高貴な出自の女で、と色っぽく迫り、ころりと引っかかったイナカモノ男が、もうちょっとで!というところで持ち金を全部取られてしまう。身ぐるみ剥がれ消沈した男が墓泥棒に早変わり(このへんも時代なのか。理解に苦しむ)、副葬品のルビーの指輪をせしめて「馬を買うための大金でルビーの指輪をかいました、ちゃんちゃん」という、こんなんでいいのかというオチの話。

二日目 第6話はいい話なのでスジはかかない。ただ歴史背景を知る必要がある。簡単に言うとシチリアの支配者の妻と子供の貴種流離譚。

シチリアと南イタリアは、ノルマン人がシチリア王国を成立した後、直近は神聖ローマ皇帝ハインリヒ6世の支配下にあり、ホーエンシュタウフェン家が統治していた。ハインリヒ6世の息子、フリードリヒ2世はイタリア半島統一(下の地図黄色いところだけでなく、白いところも)を目指してローマ教皇と対立、教皇がフランス系の刺客シャルル・ダンジューに依頼、征服させ、1266年にフリードリヒ2世の庶子のシチリア王マンフレーディをやぶりホーエンシュタウフェン家は断絶。そのマンフレーディ配下、フランス勢と戦ったシチリア王守アルリゲットの妻と子供の貴種流離譚となります。

ホーエンシュタウフェン家を倒した他所者フランス人シャルルに不満を持つ民族派イタリア人が、フランス人を倒した。暴動の合言葉が「Morte alla Francia Italia anela」MAFIAの語源という話もあります。本当かと思ってオックスフォード英語辞典を調べると、

オックスフォードでは
Italian (Sicilian dialect), originally in the sense ‘bragging’.自慢する

違うことが書いてある。wikipediaはもっと詳細で、MAFIAの語源には諸説あって定説はナイようです。隠れ蓑、見せびらかしに大別されるようです。

Etymology
The word mafia (Italian: [ˈmaːfja]) derives from the Sicilian adjective mafiusu, which, roughly translated, means “swagger”, but can also be translated as “boldness” or “bravado”. In reference to a man, mafiusu (mafioso in Italian) in 19th century Sicily signified “fearless”, “enterprising”, and “proud”, according to scholar Diego Gambetta. In reference to a woman, however, the feminine-form adjective mafiusa means ‘beautiful’ or ‘attractive’.

Because Sicily was once an Islamic emirate from 831 to 1072, mafia may have come to Sicilian through Arabic, though the word’s origins are uncertain. Possible Arabic roots of the word include:

ma’afi (معفي) = exempted. In Islamic law, Jizya, is the yearly tax imposed on non-Muslims residing in Muslim lands. And people who pay it are “exempted” from prosecution.

màha = quarry, cave; especially the mafie, the caves in the region of Marsala, which acted as hiding places for persecuted Muslims and later served other types of refugees, in particular Giuseppe Garibaldi’s “Redshirts” after their embarkment on Sicily in 1860 in the struggle for Italian unification.

mahyas (مهياص) = aggressive boasting, bragging

marfud (مرفوض) = rejected, considered to be the most plausible derivation; marfud developed into marpiuni (swindler) to marpiusu and finally mafiusu.

mu’afa (معافى) = safety, protection

Ma àfir = the name of an Arab tribe that ruled Palermo. The local peasants imitated these Arabs and as a result the tribe’s name entered the popular lexicon. The word mafia was then used to refer to the defenders of Palermo during the Sicilian Vespers against rule of the Capetian House of Anjou on 30 March 1282.

mafyá, meaning “place of shade”. The word “shade” meaning refuge or derived from refuge. After the Normans destroyed the Saracen rule in Sicily in the eleventh century, Sicily became feudalistic. Most Arab smallholders became serfs on new estates, with some escaping to “the Mafia.” It became a secret refuge.

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