ほしか

蝦夷地産のはほしか(イワシ、鰊の油を絞った後の乾燥肥料)にせよ、鮭、昆布にせよ、需要は無限と言っていい。(中略)このことは木綿の巨大な需要と表裏をなしている。(中略)国産木綿は江戸初期から始まり、動物性の肥料を必要とした。菜の花の沖 二巻 p114

引き続き高田屋嘉兵衛が主人公の「菜の花の沖」を読みながら、脱線します。

ほしかは魚肥です。畑に魚のカスをまくというのがピンと来なかったのですが、要するに窒素とリンの含まれる肥料です。人糞や鶏糞に代わる高級な肥料。干鰯(ほしか)は干したイワシとかくけれど、ニシン由来であったり、鮭で作ってもほしかのようです。綿花栽培向けの需要増加に伴いほしかの需要が伸び、新たに、房総や蝦夷地に供給地をもとめます。

北海道でニシンの番屋をみたのを思い出しました。搾りかすを肥料として本土に運んでいました。ニシンの水揚げ港、加工場などの機能が集積した鰊番屋、従事する人々の生活の場もあります。旧花田家番屋という留萌北部にあるニシン御殿を訪ねたとき、鰊シメカス(魚油を絞った後のカス)を作る風景の写真展示がありました。

ばんやでの働き手は漁期に東北各地から来ていた人々。出稼ぎというと、”東北から上野駅”のイメージがありましたが、鉱山労働や漁業なども含め古くからあり、もっと広い労働形態のようです。

 北海道留萌郡 旧花田家番屋
日本財団HPより引用 ニシンの加工
留萌の海 ニシンの群れがやってくることをクキという(群来とかく)

房総(千葉県)での干鰯生産は外房(九十九里浜から安房南部)でされました。関西商人が流通拠点としたのは、東浦賀です。浦賀といえばペリーしか知りませんでした。浦賀といえば干鰯問屋です。https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/2490/uraga_walk/hosika.html

関東でも魚肥需要が高まり、流通拠点として江戸深川に干鰯揚場ができます。銚子場・永代場・元場・江川場という名前で。すべて深川にありました。浦賀干鰯問屋のライバルです。仁義なき戦いが始まります。

深川の銚子場の場所です。明治に至るまで機能していました。

社報
グーグルマップ 深川周辺
〔江戸切絵図〕深川絵図 国立国会図書館デジタルコレクションより引用 

深川を東西に横断する小名木川沿いに貯木場のような形の人工的な入り江があります。ここが江戸深川の「銚子場」でした。

白河保育園のあたりか

清澄白河駅のすぐそばだった!

浦賀の干鰯問屋(関西へ運ぶ系 守旧派)vs 江戸の銚子場(江戸商人系 新参)

関東、関西とも魚肥の需要が拡大し、生産地との取引関係の奪い合いが干鰯問屋同士であり裁判沙汰にもなりました。(近世後期における安房国の干鰯生産 宮坂新 館山市立博物館より)後の時代には浦賀の単独独占から、江戸商人の手に利権が移っていきます。北関東でも魚肥使用が進み、関宿、古河にも干鰯問屋ができ、集積地が北へも分散していきます。問屋を介さず、藩が産地と結んで直接仕入れることもあったようで(川越藩松平氏)、商人が力をつけるのを恐れたのか、江戸幕府の農本主義がよしとされる背景も手伝ったのでしょう。

https://core.ac.uk/download/pdf/15917251.pdf

九十九里浜は房総半島の太平洋側(下の地図右側)の緩やかな弧を描く部分です。右端に銚子があります。

千葉県は意外なことに西日本とかかわりが深いところです。近世ではイワシ目的でやってきた漁師、古代には徳島から忌部一族がやってきた伝説があります。

九十九里浜の中心地「片貝」は、紀州加太の人々が移り住んで開拓したことから「加太開」というのが語源の通説です。イワシをとってその加工品(肥料)をその場で作る必要があったので、関西から来た人が加工技術や地引網などの漁の技術も伝えたといわれます。現地で加工して関西に運ぶというスンポウ。

漁期のみ来る人がある一方、関西から千葉に定着した者も多くいたことがよく知られています。漁民が遠隔地で漁業に従事することを旅住(りょじゅう)、旅網(たびあみ)と言います。銚子には紀州から移住してきた人の和歌山県人会にあたる木国会(もっこくかい)があります。紀之國(紀伊の国)というのは木を生産する場所なので、木の国からきており、それで木国会です。

落語 桂米朝 牛の丸薬

大阪の干鰯屋(ほしかや)のふりをして牛の万病に効く偽薬を売る詐欺師が出てくる上方落語、「牛の丸薬」の動画です。詐欺師は「靭の干鰯屋(うつぼのほしかや)」と名乗ります。

大阪の地名、靭(うつぼ)には靭海産物市場が過去にありました。その西側には雑喉場魚市場(ざこばうおいちば)がありました。靭は干物、ざこばは鮮魚に分担されていました。米軍の空襲で焼けたあと飛行場を経て現在は公園になっています。

絵本太功記・夏祭浪花鑑|文化デジタルライブラリー
名作解説。時代物最後の傑作である「絵本太功記」、文楽最盛期に作られた初の多段構成の世話物「夏祭浪花鑑」の2編。
道の駅おびら鰊番屋 - Wikipedia
おびら観光情報(北海道小平町)
北海道小平町公式ホームページ。町の概要やくらしの情報、観光情報など。
日本財団図書館(電子図書館) 海の総合学習テキスト

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