はねこし峡

狭いはねこし峡は「ジャンプして越せるほと狭いぜ」という由来です。下仁田にあります。

はねこし峡につきました。さあ、本当にはねこせるでしょうか。。

(;゚д゚)ゴクリ… 無理っぽいです。実は高所恐怖症なんです・・・。

じゃあこっち・・・無理 (;^ω^)オワッタ

こっちならいけそう。。よい子は真似しないでね。

上の地図に赤文字で「せまい」と書いたところにはねこし峡があります。

下仁田町HPより、矢印は私が記入

中央構造線の上にあります。構造線(こうぞうせん, Tectonic Line)は、地層群同士の境界線を指します。中央構造線の話を始めて、JR中央線の話で返されることがあって哀しい思いをすることはアルアルですが、鉄道ではありません。

正確には大北野~岩山断層が下仁田の街並みの下を東西に走っており、これが中央構造線の続きであると考えられています。

中央構造線のなにがすごいって、下の写真のような、右側の緑の岩と、左の白っぽい岩の接触する線が、日本の東西にずーっとつながっていることです。抹茶&ミルクの欲張りジェラートのような直線が日本の地下にあります。川に洗われて露頭している場所が下仁田にあります。二色アイスクリームを掘っていくとやはり境界線が続いていきますが、こいつは奥深く掘ってもずっと続きます。

川井の断層(下仁田)上記地図の⑧ 左が下仁田層。右側が三波川変成帯の緑色片岩。
二色アイスをマウスで描いてみた。カップが歪んでるのはご愛敬。。
こんな感じで中央構造線の下を三波川変成帯と下仁田構造帯が合わさる面が続きます。
大鹿村中央構造線博物館 より引用
でき方。

領家帯(≒下仁田構造帯)が高温低圧で作られ(上図 ピンク)、三波川変成帯では低温高圧でそれぞれ作られます(上図 グリーン)。ハンバーガーみたいに、別の調理法で素材を調理し、最後に合わせる感じですね。次の写真は下仁田の「川井の断層」の写真。

上図の青いところ、中央構造線の南側に、緑色の岩が広域に認められます。

下仁田町の地質です。上図④の南にはねこし峡があります。黄緑、緑、深緑でいえば緑のところ、つまり下仁田構造帯に含まれます。中央構造線の北側にあり、いわゆる内帯の一部です。

約2,000万年前に堆積した下仁田層は、礫岩層、砂岩層、泥岩層の順に堆積しています。海底に堆積してできました。このはねこし峡は礫岩層を見ています。神農原礫岩(かのはられきがん)と呼びます。

セメントでゴロゴロ石をかためたような礫岩層の岩体であります。アイスクリームで例えてばかりで恐縮ですが、サーティワンアイスクリームで例えるならロッキーロードのような感じです。こういう豆餅みたいにゴロゴロ入ってる岩を、礫岩と総称します。君が代で「さざれ石の(集まって)巌となりて」は、石灰質角礫岩のことを指しています。

https://www.31ice.co.jp/contents/flavor/fl109.html

中央構造線の南側を外帯といいます。外帯が三波川変成帯で三波川結晶片岩(緑色片岩)を認めます。先ほどのロッキーロードとは違って、ミントアイスっぽいです。

青岩公園(全部三波川変成帯の緑色片岩!)

<参考>

藤白 隆司, 小坂 共栄, 下仁田構造帯の下部中新統, 地質学雑誌, 1999, 105 巻, 2 号, https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc1893/105/2/105_2_122/_article/-char/ja 抄録: 関東山地北縁部, 下仁田構造帯に分布する下部中新統について検討を加えた.その結果, その層序学的位置について議論の分かれていた神農原礫岩層の層位学的位置を確定し, その層序を確立した.本地域の下部中新統は下仁田累層として一括され, 下位から神農原礫岩, 岩山礫岩, 川井砂岩泥岩の3部層に区分される.川井部層からは, N5およびN7以降を示す浮遊性有孔虫が産出した.本累層の地質年代は, N8を示す浮遊性有孔虫を多産する額部累層に不整合におおわれることから, それ以前の前期中新世と考えられる.神農原部層は不淘汰巨礫岩から, また岩山部層は多様な礫組成の大~中礫岩からなる.川井部層は砂岩, 泥岩からなる.各部層は整合で一部指交関係にある.堆積相の特徴から, 神農原・岩山両部層は帯の北方を後背地とする扇状地に, また川井部層は内湾的な浅海に堆積したものと推定される.当時この地域に入り込んでいた内湾を古下仁田湾と呼ぶ.

県境でジャンプするのも楽しいですが、中央構造線の南が緑の岩、北側が白、もうこの組み合わせがドッキングしてるこの境界を愛でる人種がこの世にいることをご理解の程よろしくお願いいたします。

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