THE MOST IMPORTANT THING Howard Marks-5

ハワードマークスの投資哲学書、邦題「投資でいちばん大切な20の教え」p176から最後まで。これほどの良書はない。

銘柄選択について「掘り出し物をみつける」の章から。バフェットやマンガーと同様、収益性を重視している。しかし良い価格で買うことのほうが重要だ。

・たいていの投資家は、客観的に見た資産の質の高さを投資機会と勘違いしたり、優良資産とお買い得品の区別がつかなかったりする傾向があり、そのせいでうまくいかなくなるのだ。

価格上昇=すぐれた資産、と飛びつくのは間違い。本質的価値と価格との比較で掘り出し物を見つけるべきであるという。

・掘り出し物は往々にして、投資家が資産を公正に評価していない、表面的なことにとらわれて内実まで理解していない、バリュー(本質的価値と価格との乖離の程度)に基づかない、昔ながらのアプローチや先入観、制限から抜け出せない、と言った状況で生まれる。

・(価格が下落または上昇傾向のとき、ほとんどの投資家は)過去のパフォーマンスを未来に当てはめ、はるかに起こる確率が高そうな「平均値への回帰」よりも、現在のトレンドが続くことを見込む。

・一次的思考でとどまるものは(=洞察力のないものは)、価格低下を資産が割安になった証拠としてではなく、懸念材料と見なす傾向がある。

閉店前に半額になっても、さしみの鮮度を懸念しないのは需給バランスで下がっているだけだから。だが、価格が下がると本質的価値が見かけ上下がったように思ってしまう。本質的価値に対して信念を持つ事が必要、味は変わらない、と。

・これらの背景から、掘り出し物は極めて不人気の資産である傾向が強い。

1990年代後半には債権が不人気で、債権から株式への流れ。ところが、その流れが続いたあと不人気であった債権は素晴らしいパフォーマンスを上げた。

・公正な価格がついた資産を見つけることでは断じて無い。そのような資産は付随するリスクに見合ったリターンしか生み出さないと考えるのが妥当だからである。

振り子で言えば真ん中にあるときに、本質的価値に価格が見合うけれどもそんなものに投資しても市場平均より上回ることはできない。

割安な資産のみつけかたの話が始まるのだが、ここは読んでいて興奮した。

・①十分に知られておらず理解されていない。②一見してファンダメンタルズ面でぎもんがある。③議論の的になっていたり、反規範的と見られていたり、恐れられていたり。④まっとうなポートフォリオに組み入れるには不適切とみなされている。⑤正しく評価されていなかったり、人気がなかったり、蔑ろにされていたりする。⑥リターンが低迷し続けている ⑦このところ買い増しより削減の対象になっている。

要するにバッドニュースで一次的に悪評価が高まったときなどか、とたかをくくっていたら違う、プロのファンドマネージャーの際どい話が展開する。

・誰もが良いと感じ、喜んで買おうとするものに、お買い得価格はつかないのだ。

筆者は、転換社債やジャンク債(ハイイールド債)、ディストレストデットなど、一般人がハイリスクで反規範的と即断、忌避するようなアセットクラスの資産を仕事として扱って来た、その経験から次のように投資の本質を述べる。

・投資家の行動を考えれば、ある時点で最悪の選択肢とみなされている資産は、最も割安な資産となる可能性が高い。投資におけるお買い得品は、質の高さとは無関係でも良いのだ。むしろ、質の低さのせいで投資家が逃げ出すような資産ほど、割安になる傾向が強い。

これは日ごろあまり考えたことがなかった。バッド・ニュースどころではない。倒産しかけの会社の資金調達に関連するデットは不当に割安で投資家の聖杯である、というのだが、私個人的には消化不良であたまがパンクしそうだ。

・絶好のお買い得品と謳われるものの多くは、あるはずがないうまい話であり、それらを避ける(以下略)

・心理的な弱さや分析上の誤り、あるいは不安定な足場に立つことへの抵抗感から、投資家が過ちを犯してしまう可能性があることは明らかだ。そうして生まれた過ちが、他者の誤りに気づくことができる二次的思考者に掘り出し物を提供するのである。

逆張りを突き詰めるとここまでいくのかと思い知る。

次の章「我慢強くチャンスを待つ」。

・売り手が積極的に売ろうとしているものの中から買うものを選んだほうが、自分で「これがほしい」と決めたもののリストに基づいて投資するよりも、高いリターンが得られる傾向があるのだ。

スーパーで例えると、半額シールがついた品が並んでいたら、欲しくもないものをも買うような感じだろうか。いや、こうだ。魚屋に行く。欲しい物を決めずに。その日に仕入れが多く、安くてうまい旬の魚があることに魚屋に行って初めてわかる。流れに沿って買うほうが魚は美味しい。こう理解しておく。

・我々が投資先を探すのではない。向こうが我々をみつけるのだ。

こっちが買いたいといえば値段が釣り上がる。むこうから買ってくださいというのを待つ、というまでの意味。

ハワードマークスはウォートン・スクールで学んだ際に日本学(そんなのがあるのだ)を受講し、無常や輪廻について学び、投資の本質は無常のサイクルを受け入れることと、哲学的に捉えている。

・サイクルが上下し、物事が現れたり消えたりし、環境が我々のコントロールが効かない形で変化することを意味している。だから我々はそれを認識し、受け入れ、そうした変化に対処や対応をしていかなければならない。これはまさに投資の本質ではないだろうか。

このまま続いてほしいと願っても、幸せは続かないこともある。無常観が投資哲学に出てくるとは思わなかった!

向こうから来るのを辛抱強く待つことの大切さは、バフェットも絶好球を待っていれば良い、三振は投資家にはないのだから、という言い回しで述べている。

低リターンの環境(効率的市場ということであろう)において、投資機会が存在しないときに、結果を出そうとハイリスクな投資をしないことが大切、とにかく待てと。市場が良いときは、リスクプレミアムも縮小する。無理せずキャッシュポジションで待つのが得策。低リターンの環境でレバレッジでリターンを求めるべきではない。

・皆が競って同じように取ろうとしているときではなく、周りが避けようとしているときに取るのが望ましいのである。

・(危機時に高リターンを上げた理由として)損失を出す見込みが薄かった資産に投資

・市場全体が混乱し、投げ売り状態のときに本質的価値を大幅に下回る水準まで価格が下がる可能性がある。

予測することへの懐疑を次の章「無知を知る」で述べている。

・自分に知らないことがあると考えるのは恐ろしい。だが、もっと恐ろしいことがある。世の中というものが概して、何が起きるのか正確に知っていると信じている人々によって動いていることだ。

筆者はミクロ経済は分析によって知ることがあるが、マクロ経済の将来予想は不能であると確信している。今日と同じような明日が来ると思うことは、投資に役に立つ予想ではなく誰でもそうしていることで、価値がないという。常に暴落が来ると予想している人のことを信じるものがいないのは、「たまに的中する程度の実績では、行動を引き起こす原動力となるのに不十分だ」という。

・未来は知り得ないし、知る必要もない。そして、未来がわからない中で、最良の投資の選択肢に力を注ぐこと(以下略)

・マークトウェイン「面倒を起こすのは、知らないことではない。知らないのに知っていると思いこんでいることだ」

ただ、筆者は将来は予測できないものの、必ずサイクルがあるのでどんなトレンドも終わりを告げるのであり、それがいつかを知る由はないけれども、今、自分がサイクルのどこにいるかを意識しなさいという。そして、市場が極端な状況になったとき、群衆の大多数の動きに歩調を合わせないことが重要であるという。

リーマン・ショック時のことを振り返り、その直前の状態について、クレジットクランチした状況を、次のように言う。信用が収縮すると、お金の行き先がなくなる。

・「資金は有り余っているのに投資先が少なすぎる」という、思慮深い投資家にとって世界一恐ろしい言葉は、当時の市場の状況を極めて的確に示している。

筆者はマクロ経済の将来は予想できない、そう考える理由として、不確定性に基づく確率分布的な考えを支持しているから。

・決断の良し悪しは結果で判断されるものではない。決断が良い結果につながるかどうかは、後から起きた出来事によって決まるのであり、そのような出来事は多くの場合予想の範囲を超えている。

・短期の利益と損失は詐欺師のような存在である。どちらも実際の投資能力の有無を示すとは限らないからだ。

短期の結果はいずれも「まぐれ」でしかない。

ディフェンシブとは損をださないこと。

・素晴らしいパフォーマンスより損失を回避しようとすることのほうが重要

「落とし穴を避ける」の章、直近の危機の教訓

・資金調達が容易すぎると、カネは間違ったところへ流入する(する価値のない投資が行われる)資金が過剰に供給されると、投資家は低いリターンと狭い「誤りの許容範囲」を受け入れて、投資先を奪い合う。

理想とするパフォーマンスとは。逆張りなので次のようになる。

相場が良いときには平均的なパフォーマンスで十分。相場が悪いときに平均を上回るパフォーマンスが目標。

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