吉原御免状-1 隆慶一郎

読書、知らない言葉や気づきをメモ。1-85ページ

吉原は昼遊びだけだった。当時の武士は、余程の用のない限り、夜、屋敷を出ることは許されていない。この近世は、初期吉原の遊客が、武士を主体としたことを示している。

どろ町:東京都台東区浅草五、六丁目にあった田町の別称。江戸初期まで葦(あし)などの多い沼地であった。たらいに水をはって遊客に足を洗わせた。遊里に入る前に身だしなみを整えるサービスエリアがあったようだ。

みせすががき:清掻(すががき)のスガは素謡(すうたい)の素(囃子(はやし)・舞を伴わず、謡曲だけをうたうこと)、搔きはびわをかき鳴らすことだったが、後には歌を歌わずに、弦楽器のみを奏するのをすべて、すががき、という。インストゥルメンタル。遊女が2階から降りてきて見世みせに並ぶ。そのあいだスガガキがずっと流れていた。

神祇組:江戸初期、旗本奴(はたもとやっこ)の組織した徒党の一つ。水野十郎左衛門を頭目とし、けんかを売り歩いた。

旗本奴:はたもとやっこ 旗本の青年武士や奉公人、及びその集団、傾奇者。派手な異装をして徒党を組み、無頼を働いた。代表的な団体が神祇組含め6つあったことから六方組とよぶ。町人出身の傾奇者や侠客を、町奴と呼ぶ。

この頃の湯屋は、蒸し風呂である。

江戸時代の風呂について ナスラック株式会社より引用

江戸時代のお風呂

当時の銭湯は、蒸し風呂の一種である「戸棚風呂」という形式で、熱く焼いた小石の上に水をかけて湯気を出し、上半身を蒸らし、浴槽に膝の高さ程お湯を入れ、下半身を浸す仕組みです。今でいう“サウナ”方式です。そして、浴室の湯気が逃げないように、出入口に引違い戸を付け湯気が逃げるのを防いでいました。しかし、開閉が頻繁になると湯気が逃げてしまうので、工夫されたのが「石榴(ざくろ)口」です。これは、三方はめ板で囲まれた小室に浴槽を置き、出入口に天井から低く板をさげ、湯気が逃げるのを防ぎました。客はこの板をくぐり出入りします。

今も法定義上、”特殊”とは蒸し風呂を意味することであるため、某所にサウナが置いてあるが、この時代の蒸し風呂と歴史は一連だろうか。ちなみに五右衛門風呂ができるのは1615年頃の慶長年間末頃。

なお当時はふんどしを締めて入る習慣だった

傾城屋:けいせいや「傾城傾国」に由来して遊女屋を傾城屋と呼ぶようになった。ケイセイケイコクは、容姿に魅了されて夢中になってしまい、城が傾くほどの美人、絶世の美女のたとえ。

なんとなあ、京に寄りながら、こったいさんも、味わわなかったのか

こったいさん:wikipedia たゆう 太夫より。

遊女、芸妓における太夫の称号は江戸時代初期に誕生し、当時は女歌舞伎が盛んで芸達者の役者が「太夫」と呼ばれたのが始まりだといわれる。やがて遊廓が整えられ遊女の階級制が確立、美貌と教養を兼ね備えた最高位の遊女に与えられ、京の島原、江戸の吉原、大坂の新町、長崎の丸山に配置されるようになった。主に公家、大名、旗本ら上流階級を相手にし、吉野太夫・夕霧太夫・高尾太夫ら(寛永三名妓)が輩出した。しかし、太夫を相手にするには高額の費用が必要とされ、江戸では宝暦年間に吉原で太夫が消滅し代わって「散茶(さんちゃ)」と呼ばれる遊女が「花魁」(おいらん)と呼ばれるようになりそちらが主流になる。一方京・大坂には「太夫」の名は残り、別名「こったい」と呼ばれた。時代の変遷を経て、2017年現在、島原に太夫は5名在籍する。

でっぷり肥えたししむらは、

肉叢:肉の塊 固太りの肉叢、などと。

遊女の見世張りは夜の四ツまでというお定めがある。だが、実際の四ツに見世張りをやめては、商売にならない。だから、九ツの鐘を聞いて、はじめて四ツの拍子木を打ち廻り、相次いで、正九ツの拍子木を打つ。ほら。前のが引け四ツ。今のを鐘四ツ、又は大引けと云う。

大引け:取引所の最後の取引を大引けというが、語源が吉原の大引けから来ているという。ちなみに「寄り付き」は遊女に最初に客がつくことを言うことから来ている。

四ツ:午後10時 九ツ:午前零時

クリナップHP「江戸の時間はどうなっているの」より引用 https://cleanup.jp/life/edo/14.shtml

地紙売りと燈心売りの行商人がゆく。

地紙売:扇の骨に張る紙を売る人。伊達な格好をしていた。

精選版 日本国語大辞典の図

勝山太夫:勝山髷の考案者 江戸時代に大流行した。綿入り「丹前」も彼女が考案、勝山鼻緒(平たい鼻緒)も流行させた。

勝山髷 - Wikipedia
勝山髷

勝山髷を変形させたのが丸髷

丸髷

未婚で島田髷、既婚で丸髷

島田髷

「いずれまたおめもじしとうござんす。」

女房言葉:宮中につかえる女房が使い始め、現在も使われる。規則があって、あたまに「お」がつくもの、おでん、おかか、おかず、おから、おはぎ、おひやなどたくさんある。語尾に「もじ」がつくもの、おめもじ(お目にかかるの丁寧語)、しゃもじ、ひもじい、そもじ(=そなた)、ゆもじ(=ゆかた)。もじ、は書物だと文字と漢字を当てられる。上品な言葉とされた。

裏柳生の虎乱の陣にかこまれては、

表柳生は江戸柳生家、裏柳生家は架空の公儀刺客人集団、子連れ狼拝一刀の復讐相手である柳生烈堂が総帥。返す返すも時代小説の架空。

鬼切の太刀:=鬼切安綱(おにきりやすつな)、北野天満宮所蔵、源家相伝の日本刀。

後水尾天皇:江戸初期の天皇、幕府と対立することも。柳生家は徳川家側なので、後水尾天皇とは対立する。

コメント

タイトルとURLをコピーしました