ワーワーサッカー

大多数に属して身を守る、古代人は肩を寄せ合って街を作り生き延びた。自己保存目的に”寄り集まる”という欲求は本能的で抗い難い。群れたがる、ということ。社会生活で生き延びるにはそれでいいが相場では別。群れの一部に埋没すると失敗する。大多数の意見に追随し、傘もなく雨に濡れる孤独な狂人を罵倒する側に立ってはならない。価値を割安で手に入れるにはありふれた意見をことごとく無視して雨に濡れる狂人となって耐えるしかない。これを成功体験として積み重ね行動にまでしないと相場では成功しない。相場の多くのプレイヤーは、まるで小学生のワーワーサッカーみたいにボールが行く方にだけ集まる。それには自己満足も得られるし楽だからだ。その逆はそれほど楽しくない。しかしポジションを取る時に楽しくなく苦しいものほど実りが大きい。

風向きが反転して価値が変化することを先読みして行動する。今大雨でも、明日に晴れるなら今出発せねばなるまい。風向きつまり人の心理は必ず行き過ぎて止むのだから。疫病に対する心理、天変地異後のパニック、バブルの狂騒、必ず行き過ぎてそして自然に収まる。

マスコミの”煽り”は心理の振れ幅を更に増やすが乗ってはならない。”煽り”はお作法に習うだけの使い古された常套句の繰り返し、何ら新奇性はない、相手にするだけ無駄。雨が降っている時に滝のような大雨です!と聞かされるようなものだ。内容のある真理は修辞を必要としない。

すみません、また独り言。最後まで読んでいただきありがとうございます。携帯に保存したネットで拾った画像を貼って置きます。お口直しにどうぞ。

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