富士石油とアラビア石油と山下太郎さん

村上ファンドが富士石油に触手を伸ばしているときいて富士石油を調べてみます。(富士石油袖ケ浦製油所、本社もここにある↓)

参考にしたサイト

http://www.foc.co.jp/ja/special/01.html よく分かる富士石油 

K.サバーハ、M.シュブルーミー。なにやら発音が難しい外人さんが居る。そして大株主がクウェート石油公社とサウジアラビア政府。。。おおいちごジャムの人達だ。

サバーハ家はクウェートの名家。歴史のおさらいをしてみますと、サバーハ家とサウジのサウード家の両者は元をたどれば同族です。

さて16世紀頃より現クウェート領域はオスマン帝国の支配下、統治拠点はバスラ。

18世紀に入ると、クウェートにバニー・ウトバ族のサバーハ家 が勃興し、1756年その首長がオスマン帝国の下で当地域の統治を担います。サウジアラビアのサウード家、クウェートのサバーハ家、バーレーンのハリーファ家は、ともにバニー・ウトバ族。このあたりで活躍した海賊の「片目の船長」もその一族。(バーレーンについてはもともとイランの土地でハリーファ家が占領)

詳説

第一次サウード王国がクウェートに侵攻した際に(祖先同じなのに・・)アブドゥッラー・ビン・サバーハ・ビン・ジャービル・アッ=サバーハはイギリス東インド会社との関係を構築。助けてイギリス!が後の植民地化への序章。

サウジのサウードvsクウェートのサバーハ家(背後にイギリス)

そこへオスマン帝国が!

19世紀に入ると、オスマン帝国はクウェート・サウジに軍事介入を繰り返し(オスマン・サウジ戦争)、トルコが勝ってアラブ側が負けます。1871年にアブドゥッラー2世・アッ=サバーハはオスマン帝国バスラ総督となり、オスマンの庇護下(バスラ州は自治州)に入ります。1899年サバーハ家のムバラク大首長は中東の植民地化を図っていたイギリスへ寝返り、イギリスの影響下に入り当地域を統治します。オスマン・トルコよりマシじゃわ!

サウード家に狙われ、オスマンに狙われ、イギリスにヘルプ求めたり、忙しいですが列強の間で生きる知恵でしょう。1899年イギリスの保護領、1914年イギリスの自治保護領となる。オスマン帝国が大戦で敗戦後クウェートはイラク地域と共にイギリスの植民地となります。彼らが身の安全と利権を護るために自ら望んだ植民地化、植民地が全て悪いわけではないのです。のび太がいじめられてドラえもんに助けを求める感じ。

1930年代初頭、ミキモトの養殖真珠によりクウェートの主要な産物である真珠では食えなくなる。イラク、バーレーンで石油がでたのでウチもやろうゼと、開発利権をアメリカとイギリスの合弁会社「クウェート石油」に付与したら巨大油田を掘り当ててくれ、以降は石油産業が主要な産業となります。

イラン・イラク戦争時、クウェートはイラクを経済支援。終戦後イラクはクウェートへお金を返すために原油を売りたい、石油価格の上昇を求めて減産を石油輸出国機構OPECに求めるもハブられます。怒ったイラクは、クウェート・サウジアラビアに直談判、減産して原油価格上げてくれと!頼むもお帰りください。クウェートとサウジは増産。イラク激おこ。

イラクはクウェート国境に軍隊を動員して「減産せええ!」と威嚇、本気じゃないじゃろうネ、と思っていたらクウェートへ全面侵攻!イラク自身全面侵攻は予定外で勢い余ってついつい深入りしたようだ。やぶ蛇をつついたかたちで、1991年1月にアメリカを中心とした多国籍軍とイラクとの間で湾岸戦争が勃発し一ヶ月後にイラクは撤退。

イラクのクウェート侵攻はクウェートへの債務返済を迫られた挙げ句のイラクの「石油価格あげてくれんと借金返せん!」から。要はカネ・・・。借金返済のために銀行強盗するようなもんだな。

そもそもクウェートとイギリスの植民地関係によって、イラクとクウェートが分断されたという考え方がイラク人にあって、それに従うならクウェートの一部がイラクではあったかもしれないが、全部とってしまう。世論に押されてサダムフセインがクウェート侵攻したのも事実で戦争を起こすのはいつの時代も世論の狂気です。

現在のクウェートは、首相以下内閣の要職はサバーハ家によって占められておりほぼ一族独裁。

産油国の立場としては顧客は失いたくないが自分の国の原油をよそもんに牛耳られたくないので国有化した、であるから消費国と良好な関係を維持しているのだろう。

<参考>

クウェート - Wikipedia
クウェート侵攻 - Wikipedia

富士石油にもどると、クウェートのハリード・サバーハさんと、サウジのムハンマド・シュブルーミーさんが社外取締役にいて、アドバイスしたりしてるのかな?そう言えば内房線の工業地帯で中東の人を見たことがあるのを思い出した。取締役ではないだろうけれど、関係者かな。

https://www.sbfoods.co.jp/products/detail/14753.html SB食品より引用。本文とは関係ありません。

富士石油の沿革をみるとアラビア石油から始まります。

「アラビア太郎」あるいは「山師太郎」とあだ名された山下太郎がアラビア石油を設立。

アラビア太郎(講談社) [電子書籍]
https://www.yodobashi.com/product/100000086600469034/ より引用

日本の中東における自主開発油田を「日の丸油田」と呼ぶ。山下太郎はサウジアラビアやクウェートなどで日本の自主開発油田の約50%を占める採掘を行い、日本への石油の安定供給に貢献してきた人。アラビア石油は一時経常利益でトヨタ自動車などを抑え首位になったこともある。

その後、OPECの出来たころ、サウジアラビアとクウェートとの石油利権協定を延長するための交渉が行われましたが、サウジがちょっと無茶な要求をしてくる。「利権更新の条件として日本の負担による鉱山鉄道の建設・運営を求めるサウジアラビア側と、採算の問題から難色を示す日本側との交渉が難航。結局、石油利権の更新はならず2000年(平成12年)にサウジアラビアの採掘権を失った。この結果、日量約30万バレルの権益の半分がサウジアラビアに接収されることになった。」

(;・∀・)!!!

2003年(平成15年)にはクウェートの採掘権を失った。ただし、クウェートとは2023年までの原油売買契約が結ばれている。以降はクウェートを中心にオペレーターを務める企業などに技術者を派遣する形で事業の継続を行ってきた。

また同2003年(平成15年)、富士石油と経営統合し、持株会社のAOCホールディングスを設立、富士石油とともにその子会社となった。

2008年(平成20年)にクウェートとの技術サービス契約が終了し、事業規模が縮小。

2012年(平成24年)12月に持株会社AOCホールディングスは、石油・天然ガスの開発・生産事業(石油上流事業、”アップストリーム”)からの事実上の撤退を発表

2013年(平成25年)4月1日に会社分割によりJX日鉱日石開発テクニカルサービス株式会社を設立し、石油上流事業関連の人員を承継した上で、その全株式をJX日鉱日石開発株式会社に譲渡した。

2013年(平成25年)にAOCホールディングスは富士石油株式会社となり、現在は富士石油の子会社となった。」

https://www.rakuten-sec.co.jp/web/commodity/lineup/crude_oil/pdf/oil_ny.pdf より引用。

富士石油の株価は原油価格に連動する傾向がある。

アラビア石油HPを見てみる。資料館ぽい。

社史III 「原油国との新しい関係の構築に向けて」
2000年2月:サウディアラビアとの共同操業開始
2000年2月、サウディアラビア政府との利権協定が終了、同国国営石油会社サウディ・アラムコの子会社、アラムコ・ガルフ・オペレーションズ・カンパニーとの共同操業を開始。

http://www.foc.co.jp/ja/aoc/photo.html より引用。

サウジアラムコはサウジが国有化した石油会社、元は外国資本。世界最大の国有石油会社で石油の上流(開発・生産)から下流(石油の精製・販売)まで手がける。2019年サウジ証券取引所に上場、ニューヨーク株式市場には上場していない。時価総額上位。東証への上場も模索されているようだ。

https://www.180.co.jp/world_etf_adr/adr/ranking.htm より引用。

アラムコは、アラビアン・アメリカン・オイル・カンパニーの略で、サウジが国有化する前の国際石油資本の会社名を引き継いでいる。サウジアラビアの国有会社だが、語源にアメリカンを含んでいる。

ざっくりというと、日本人主導でアラビア石油がサウジクウェートに油田開発(上流)したが、OPECが始まった時代にサウジが「日の丸油田」を国有化、現在富士石油は下流専業で石油精製専業となっています。日本航空へ燃料や京葉地区のコンビナートに原料を供給しています。いまも上流との良い関係が続いているようです。

富士石油の供給先は日本の基幹工業が顧客なので需要は安定。

http://www.foc.co.jp/ja/ir/management/businessplan/main/0/teaserItems1/0/tableContents/0/multiFileUpload1_1/link/20170509_newsrelease.pdf

中期事業計画

http://www.foc.co.jp/ja/special/01.html
http://www.foc.co.jp/ja/special/02.html

FOC(富士石油)HND(羽田空港 JALに供給)JFE(日本鋼管と川崎製鉄の合併後名称)JERA(東電と中部電力出資の火力発電会社、発電専業) ENEOS(石油元売最大手)

原油の重質化:原油に占める重質油の割合が高くなること。石油製品のうち最も高く売れるガソリンは軽質原油に含まれる。ガソリン目的で開発が始まったので軽質原油をとったあとの油田は重質原油が残る。産油国は現在下流の製油所で軽質油を主に生産し、重質原油は輸出に回す。http://www.foc.co.jp/ja/special/03.html

日本のガソリンは重質化した軽質油の少ない原油から、”努力して”軽質油を精製しているのだな。

原油重質化に対応する処理能力の一つ、「ユリカプロセス」は世界で袖ケ浦製油所にしかありません。

富士石油では、重質な原油を分解・精製して軽質な石油製品を生み出す、代表的な重質留分分解装置である「流動接触分解装置(FCC)」と「減圧残油熱分解装置(ユリカ装置)」を保有しています。これらの処理能力の合計を実際の原油処理量で除した装備率では袖ケ浦製油所は約50%と重質油の高い処理能力を示しています。特に減圧残油熱分解装置(ユリカ装置)は、原油精製の残渣とも言えるアスファルトを、さらに分解・精製してガソリンや軽油の基材を生み出します。これにより、蒸留工程後に従来は、原油の21.5%が残渣になっていたものを、袖ケ浦製油所ではわずか6%にまで低減させているのです。このような他の追随を許さない「高い重質留分の分解設備装備率」は、富士石油にとって大きなアドバンテージとなっています。

ゆりか様。。。千代田化工建設が作ってるのだな。

ユリカ®(EUREKA®)プロセスは、石油系減圧残油を原料として、熱分解反応により分解ガス、 付加価値の高い分解留出油及び分解残渣としての芳香族石油ピッチを製造するプロセスです。 分解ガス(オフガス)は脱硫処理後、系内での燃料ガスとして全量使用されるので運転コストの低減を図ることができます。分解留出油は分解軽質油と分解重質油に分留され、それぞれガソリン・軽油の原料油となります。ピッチは固化して製鉄用コークス粘結剤として利用されます。また、液体ピッチのガス化への利用も視野に入れています。このユリカプロセスは富士石油(株)袖ヶ浦製油所殿向けに第1号基を建設し、現在まで30年以上にわたり順調に稼働しています。その間富士石油(株)殿と各種改良を加えており、共同ライセンサとして技術供与しています。

https://www.chiyodacorp.com/jp/service/oil-refinement/eureka/ より引用 千代田化工建設

アスファルトは、原油の絞りカス、つまり”カスファルト”って覚え方がある。

調べ物をすると長くなります、長々すみません。m(_ _;)m

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