気温が低く、冷たい雨と風が横から吹き付ける日、傘を煽られながら繁華街を歩いていた。桜を見に来たのか外来観光客が多い。ふと、次から次にすれ違う白人が悉く傘を持たず雨にしとどに濡れていることに気づく。可愛そうに、という気持ちが湧いたり、急に降った雨でもないのに安い傘を買えば良いのにと思ったり。次第に全員傘をささないことが面白くなり、この人も!このひとも!と呆れ、爺婆も子どもも!とびっくりしてジロジロ見てしまった。白人が傘をささないことは噂に聞き及んでいたが、実際に見たのは初めてで、面白いぐらい彼らは傘をさすことをしない。寒そうにもしておらず、半袖の元気なひともいた。サウナみたいな白人の健康法なのか。
耐寒性が高く寒冷地仕様に体が作られているのかもしれない、もう遺伝子のレベルで。よく見ると太った白人に限らず痩せた白人も傘をさしていない。別の文化的背景もあるかもしれない。環境に依ってその人の発熱量、基礎代謝のベースラインが多少変わるということはあるとしても白人全員が傘をささないということなら別の要素も考えうる。
雨の中を傘もささないで歩く人を見ると、普通はお気の毒にと気がかりになる。例えば、少し精神的にまいった人が雨に打たれながら放心状態で徘徊する姿とか、嬉しさのあまり雨の中で踊ったりとか、着の身着のままにげるとか、ずぶ濡れの人には普通じゃない心がそうさせていると考えうる。しかし、白人たちが悉くそうしている姿に悲愴さは無く、感じたのは強さとか勇気とか健康とか、むしろ野蛮さとかだ。彼らは別の理由、集団的な要素、つまり文化とか人種とかそういうレベルで傘をささない、何故そうなったか?妄想癖発動・・・騎馬に跨った蒙古人に追われ西進するゲルマン民族、その厳冬期の風雪を耐えて生き延びた屈強な適者のみが生存し、継代された、つまり傘をささなくても良い白人だけが生き残ったのだ(今日は4月1日デス)。かっぱを着て、さらに傘をさして二重に装備している自分のほうこそ、白人らの眼にはむしろ奇妙な姿、民族大移動で篩い落とされる弱者と映っていたかもしれない。
コメント