お爺さんは商店をしていて客がつくと「どうぞお買いなさい」と言っていた。「買えよ」と命じている気がしたが、お買いなさいませを略したものだ。子供の私の耳には「お帰りなさい」と聞こえ、じいちゃんに尋ねたことがある。
御免なさい、御免は上が許すこと。下から上に御免なさい、と言うと、御免しなさいという命令に聞こえる。違う、御免なさりませと下から上に請うているのだ。御免なさいは、御免なさりませが元でご容赦くださりませ、にも近い。ませがつくとやっと意味が通じるので略するべきではない気がする。ませによって丁寧なニュアンスが強まる。省くと強い命令のようにきこえる。なぜか。なさるの連用形が命令形と同じだから。なさい(連用)+優しい命令形のませ「なさいませ」。ませを省いて「なさいませ」だと強い命令形に聞こえる。なさいは連用形でも命令形でも形が同じだから、後続のませを省くと途端に命令形になってしまう。意味は通じるが強い命令に聞こえる。御勝手になさい、は本来御勝手になさいませ、前者だと意味合いが急転する。
関西はイ音便、関東は促音便の癖がある。なさりませ、は関西でなさいませ、上州や江戸だと「なすって」がそれに当たるだろう。なすってが古東京弁で、なさってが新しい。ゴメンナスッテ、どうぞオヒケェナスッテ、手前無宿の渡り鳥・・・(ご容赦ください、お控えいただき私からご挨拶を先にさせてくださいませ、私はmigratory birdです)
お休みなさい?。これもおやすみなさいませ、から。
「おかえりなさいませ、御主人様」という用法が流行しているようだが、これは逆に変だ。帰ってきた人に帰ってくださいというのはおかしい。むしろ「よく無事にお帰りなさいました」という完了形の「よくお帰りなさいました、御主人様」とメイドは言うべきであろう。お帰りなさりましたの省略がおかえりなさいましである。「おかえりなさいませ、御主人様」を深読みすると、浮気してメイド喫茶なんかに来ないでお家にお帰りなさいませ、ということだ。「おかえりなさいまし、御主人様」なら良い。
イラッシャイマセというのがあって、これも厄介だ。到着した人に「おいでください!」というのはおかしい。「ようこそいらっしゃいました」というべきところだろう。「イラッシャイまし」なら良かろう。日本語を勉強してコンビニで働いているインド人が「いらっしゃいまし~」と言ってたら褒めてあげたい。私と同じような疑問を持っているはずだ。連用形と命令形が同じ場合、連用に続く用言を省くと厄介だ。
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