東京国際空港、羽田空港が国内線だけだった時代

東京国際空港が羽田空港で、新東京国際空港が成田空港です。全日空コンポーネントメンテナンスビル(羽田)の近くに東京国際空港記載の看板を見つけました。東京国際空港は昭和53年(1978)から平成22年(2010)までほぼ国内線専用の時代がありました。1978年に成田開港以降、国内は羽田、国際は成田と、棲み分けをしていました。2010年D滑走路が完成し、この時から羽田に再び国際線が増えブランクのあった国際空港機能が復活します。ただほぼ国内線空港として32年も続いたから東京国際空港と呼ぶのに億劫さを感じます。

ケータリング会社のトラック、空港へ入る前の公道。

ケータリング会社の積み込み所

コンテナ用のフォークリフト。お尻がカッコいい。オレンジのナンバープレートは制限区域内を走るためのもの。つまり、空港の柵の中と、公道とを走る事ができます。ケータリング会社の車両は空港に出たり入ったりして食べ物を運びます。

なんでここに来たかというと、全日空新整備場のブルーハンガーツアーに参加するためです。エンジンをバラして清掃するところや、タイヤの断面模型、実物の垂直尾翼展示など見どころがあります。内容は制限があり非公開です。

空港周辺をお散歩します。

羽田空港敷地の住民立退の説明など。

ボーイング747のシミュレータ、英国レディフォン社製1978年発注、1980年から2006年まで2000名以上の747パイロット、航空機関士(フライトエンジニア)の育成に貢献したそうです。1978と言えば成田空港ができた年です。航空機関士は油圧系や空調など計器類を監視したりフラップや車輪の出し入れをしたりする役。ただ操縦機器の発達でフライトエンジニアの仕事も操縦士が行うことになり、747退役を最後に航空機関士はいなくなったそうです。

その足で穴守稲荷に参りました。

午後はクロネコヤマトでお馴染み、ヤマト運輸の最大の仕分けセンター、羽田クロノゲートの見学。ギリシア神話のクロノスとゲートによる造語、新時代の入り口、なのだそうです。荷物の出入り口でもあります。

めちゃくちゃ速い回転寿司みたいなベルトコンベアがグルングルン時速9キロで回っていることにまず驚き、新しい荷物がシュッと正確に流れに送り込まれるのにもまた驚きます。おおおおとお客さんの歓声が上がります。目的地で速度落とさないまま、荷物はシュッと流れを外れて滑らかに目的地へ。大縄跳びに人が入ったり出たりするのを見てる感じ。1時間に何万個も仕分け処理出来るそうです。ダイフクという会社のベルトコンベアのようで、撮影禁止だったのでダイフク社の動画を代わりにのせます。言葉では伝わらない面白さ、是非みてください。ぐるぐる回る流れから出たり入ったりする仕掛けがクロスベルトソータ、よく出来てます。

お読みいただきありがとうございます。どうぞ良い週末をお過ごしください。

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