円、復活、輪廻、転生、流転の違い。

・リインカーネーションは輪廻ではない復活である。


インドネシア語でlingkarが円。lingkunganが環境。

reincarnation,と音が似ているが、re, in, carne 「再び肉体に(魂が)入る」という組成で、ラテン語から。復活、再生という意味だ。ring(リング 輪)は原始ゲルマン語hringazから。lingkarはマレー・オーストロネシア語系で円という意味。インドネシア語には移入したサンスクリット語由来のsamsara(輪廻 生死の循環)が別に存在する。lingkarに宗教の意味はなく幾何学的な円、「サンサーラ」samsaraというサンスクリット語が輪廻を表し、samsaraは宗教用語。reincarnationを「輪廻」というのは誤訳であり混同。西洋人がヒンドゥー思想のそれをreincarnationと訳してしまったことに誤りの端を発する。

reincarnation とは

A rebirth of a soul, in a physical life form, such as a body.

例文 He is believed to be the reincarnation of Jesus.
例文 Do you believe in reincarnation?

A new, considerably improved, version.

例文 a reincarnation of an old video game

つまり、reincarnationは「再生、復活」であって、「輪廻」という意味はない。

キリスト教はそもそも輪廻転生しない。キリスト教に前世はなく、死んだら終わり、天国か地獄に行って終わり。cycle of rebirth(輪廻転生)と、reincarnationとは違う。

ニーチェの永遠回帰(die ewige Wiederkehr des Gleichen )永遠に同じことが繰り返されるという思想について、例えば次のように言ったりする。„Alles geht, alles kommt zurück; ewig rollt das Rad des Seins.“「すべては去り、すべては戻ってくる。存在の車輪は永遠に回転する。」これなんか、ヒンドゥー教ぽいのだが微妙に違う。ミジンコの魂が象に生まれ変わるのが輪廻転生であり、Nietzscheの永劫回帰は異なり、同じ「生」、そして同じ「経験」が無限回繰り返される、ということで、「転生」ではない。漫画で言えばオッサンが起きたら女子大生の肉体に変わっているとかの転生モノではなく、永劫回帰とは、毎日電車に揺られて同じ会社に行く繰り返されるウンザリする現実に例えると近い。ニーチェが東洋思想に影響を受けているという読み物を若い時に読んだが必ずしも同じではない。輪廻は解脱されるべき否定の対象であるが、ニーチェのいう永劫回帰は繰り返される生、つまり永劫回帰それ自体を肯定する、つまり人生を肯定できるかどうかという話に膨らみ、それが超人思想。panta rhei(全ては流れる)というヘラクレイトスの言葉は「すべて変化し続ける」という意味の「流転」であって、生死の循環(転生)ではないが、共通点はある。つまり存在自体が流転する、一つ所に留まらないということ、根底は似ている。

円、インドネシア語でlingkar

輪 英語でring

復活、再生 reincarnation

※上記3つは語源的に全く関係ない。

輪廻、samsara サンスクリット語(宗教用語)cycle of rebirth(輪廻転生)輪廻転生を克服されたらそれが解脱。輪廻転生からの解脱。

流転 panta全てのもの rhei流れる 万物流転 全ては流れる。ヘラクレイトス

die ewige永久の Wiederkehr回帰 des Gleichen同じことの 繰り返される生、それ自体をニーチェは肯定せよという。

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