Haplogroup M

ハプログループとは母親からのみ受け継がれるミトコンドリアDNAの分類で、母方の先祖が辿れる。

母からもらった私のミトコンドリアハプロタイプがM7aであった。母の祖先は最初にアフリカ大陸を出発した人々で、最初に日本にたどり着いた縄文人の特徴であると解説してあった。母方のミトコンドリアはアフリカを出て、“スンダランド”を経由し日本に来た、とあった。スンダランドはかつて東南アジアにあった大陸。タイ・マレーシア・インドネシア・フィリピンが陸続き、全部合わせてスンダランド。

ש.מירון による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=71159459による

海面が低かったころにスンダランドという名の広大な大陸が姿を見せ、今は沈下し、島嶼が残って複数の国に分かれている。これらの国々で語彙や人々の顔つきが共通しているのはスンダランド時代の名残のように思う。

ミトコンドリアハプロタイプMはそのスンダランド経由で日本に来た最初期の縄文人だそうだ。母も私も色が白いし、目の色素も薄い。寒いほうが好きで筋肉も多いから北方人種だと思いこんでいた。南から来た縄文人という結果には驚いた。南方から来た母の祖先は当初色黒であったものがその後の長い寒冷期に適応するため、太陽光を少しでも多く吸収できるようゆっくりと白く適応したのであろう。黒人が極北に行くとビタミンD不足で骨の病気、くる病になることが知られている。なおM7aはシベリア経由説もある。

びっくりしたことに私にはネアンデルタール人の遺伝子が僅かながら入っている。ネアンデルタール人は筋骨隆々で色白。絶滅して現生人類とネアンデルタール人とは交雑していないとされてきたが、現代人に少々混じっていることが最近わかったようだ。ネアンデルタール人、私が酒のんだときの肌の色に似ている。

ネアンデルタール人の復元像。

1つ目に考えたこと。先述したが、フィリピン語とマレー語とインドネシア語、タイ語に、語彙共通点や同源が多いのはスンダランド人の括りでその名残か?それとも通説どおりにスンダランドが島嶼に分かれたあとになって言語が相互に伝播した?日本語体系に南方語の影響は限定的ながらあるのではないか。時期によっては黒潮も逆流していたり、琉球諸島の間が浅く移動しやすい時期もあった。その場合人流は双方向かもしれない。日本の黒曜石が南方の遺跡で見つかったりすることから北から南の移動もあったかもしれない。縄文人は少なくともスンダランド経由で南から北へ来ている。スンダランドの水没とスンダランド人の日本への到達時期とは関係があるだろうか。黒潮はいつ今の「フィリピンから日本へ」の流れになったか、黒潮が過去現在未来、定まった流れの向きであろうはずがない。

2つ目に考えたこと。私はエスニック風味の食べ物に抵抗がない。パクチー、ナンプラー、エビの発酵調味料、唐辛子ソース、様々なスパイス、いずれも平気だ。遺伝子が懐かしんでいるのか。海外旅行で東南アジアと台湾ばかりに足が赴くのもスンダランドに足跡を残したハプロタイプM遺伝子が足を運ばせているのである(という妄想)。

3つ目、濃い顔の父からもらったY遺伝子は意外や弥生系のOであった。日本人の55%を占めるOは薄い顔の弥生系の特徴。父がOなのは意外であった。両親合わせて純度100%日本人と言う結果だった。私は色が白く、眼も茶色いので子供の頃「ガイジン」とからかわれた。てっきり私は島の人間であるから船乗りの時代にどこかで白人と交雑したのだろうと妄想し「ガイジン」の混血だからオマエラより背が高いし勉強も出来るのだ、とアウトブリードゆえの悩みであると傷を舐めていた。だが考えていたのと違って私は純日本人で、白人の血も大陸の血も半島の血も一切混じっていなかった。

ハプロタイプ分析でわかった体質については次の通り。心筋梗塞狭心症にはならないが、大腸がんと肺がんのリスクが少ないがある。アレルギー体質で鼻炎があり、糖尿病、片頭痛持ち、そして運動はマアマアできて瞬発力がある速筋タイプ、酒に全く酔わない、耳垢が乾燥、計算や論理の能力が良い、等々色々当てやがって気味が悪くなった。努力して今の道に進んだ気もするが、敷かれたレール、天の定めに従ったような、つまり宿命に従っただけの人生とも思えてきた。

<まとめ>

自分が一体何者なのか?それを知りたかったのですが、思い込みと違うこと、体質を当てきったことにびっくりさせられました。その一方で「私は拾われたのではないか」という疑念が新たに浮上しました(実際の親父が弥生顔ではないため)。冗談です・・・。

お読みいただきありがとうございます。

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