福岡に住んでいたので面白く聞いた。
方言について
武田鉄矢「イタリアと博多は近い」
タモリ「フランス語は東北弁」
九州男児について
筑紫哲也「ふつうほらかんたんに九州男児ていうじゃない。九州男児っていうとこうなんてかな脳みそにシワ寄ってなくてそのかわり豪快でさ酒が強くて感情表現がはげしくて」
タモリ「いまだに言いますからね、福岡のあたりじゃピンとこないんじゃないんですか」
筑紫哲也「僕はまたその山の中だからね、男性的な気風ってのはないんですよ(日田市出身)」
南九州の気質、佐賀、大分
筑紫哲也「松田聖子は普通の演歌歌手とは違って乾いたところがあってね何を歌ってもネチョネチョならない。逆にいつも思うんだけどさ、熊本の水前寺公園を境にしてね違うんじゃないかとおもうん、歌詞でいうと向こう側はベターッとね南側、演歌よねものすごく、割合なんというかね感情表現がね、私は惚れたとかさ、私は泣いたとかさ、こっちからいうとこう”恥ずかしげもなく”というとこあるじゃない、平気で感情表現しちゃう。」
武田鉄矢「いわゆる神がかりっぽいの多いでしょ、八代亜紀さんみたいな、なんかあの長ーい階段を登ってった神社の奥のなんか、巫女さんの娘みたいな。なんかあの人なんか、土俗信仰のシャーマン娘みたいな感じしますね。あの人見ると占い師さんみたい。」
武田鉄矢「おしんが里帰りしたときにいじめられて、九州の人はやっぱり里が佐賀じゃったって納得してたんですよ。(中略)佐賀は早稲田をお作りになった大隈さんでさえもボロクソに言ってあるんですよ、葉隠をガキのときからたたきこまれて、男子の心根を全部引き抜いてしまう、藩の管理下にいれてしまう、ってね」
武田鉄矢「母が私をさして、”これがですね、こげなふうですけん”」
タモリ「博多の店って作りながらもう、聞きもしないことを喋るんですよ、かならずその間に出てくるのは、”あたしはもう、こげな風でしょうが、商売なんか全然できませんと、人と話すともいやで”て、どんだけ喋るんだこの野郎」
タモリ「大分の人は仕事しないの、なにやるかというと釣りばっかり、釣りも汚い釣り方するの、魚を騙すようなね。老人と海みたいに一騎打ちてかんじじゃないの。こっちがわに逃げといて、わたしゃ釣りなんかしてませんよ餌は魚にやったとです、いて言いながら魚が食うと、ほら見ろこのバカが!。」
コメント
wおもしろ〜
子供の頃武田鉄矢の実家のたばこ屋さんに自転車で行ったことがありますよー。
動画見ましたー。
面白かったです。
〝気候風土を人が選んでいて、(大陸から渡ってきて)一番最初にここがいいと決めて腰を上げなかったのが我々〟という話と月形洗蔵が出てきたところとか。
あと大分の小藩分立の話も(日田は天領だったので例外)。
九州と一括りにされてイメージされるのは男性に限らずみたいで、私も大阪京都名古屋東京の人に「nakagawaさんて九州の人とは思えなーい」とか「九州の人らしくないねー」と言われたことあります。君たちの九州のイメージってどんな~?
女の人も尽くす感じで、おうどうもんのわがままばきいて、しょうがんなかね!ほんなこつあほやね、って、ヨシヨシ。。妄想です。
博多んもんは横道もん、鮎川さんのCMにあった。懐かしかー。
そうか!あの時〝うちこれ好いとーと〟とか〝とっとーと〟とか言ってれば期待に応えられたのかな?と今にして思いました。
方言は然るべき方が喋ると美しさが倍加し官能的です。なぜなのか。
近親婚が禁忌であり、村の集落から男は他所の村へわざわざでかけます。
それは遠い遺伝子を求める本能、アウトブリード、適度に異種と交わるほうが健全なお子が生まれるからです。
オス猫も、一定の時期になると野良猫のテリトリーを出て旅をし、傷だらけになって戻ってきます。
隣村にでかけた男は、その地の方言の違いから「遺伝子の遠近」を間接的に認知しているような気がしました。
以上、少し卑猥なことを考えてしまいました。失敬。