魚祐 両国

吉良邸を目指して歩いていた。散歩。討ち入りではない。

いい雰囲気の魚屋さん。ここは間違いなく美味しい魚を売っていると初見でわかる。入ると初老のおじさんが一人で切り盛りしている。

先客は店をあとにし、続いて私が「刺し身、ぶつ切りでもいいんだけど、あるものでいいです」と伝えた。おじさんはしばらく考えて、はっと冷蔵庫から大きな刺身盛りを取り出して、作業台の上にどんと置いた。実は後ろに次のお客さんが予約の刺身盛りを取りに来ていたのだが、これに私が気づかなかった。驚くような顔を私がみせたようで「これじゃねぇよ、これじゃねぇ」と江戸訛りで言い、からかったように笑った。

右手におおきめな冷蔵ショーケース、新鮮な魚がにぎやかに並べてある。スーパーマーケットの陳列が標準と思っているむきには、一見雑に見えるだろうがそうじゃない。美味しい魚屋は並べ方じゃない。ものが良いからイチイチ無駄な陳列をしないで、まるのままの魚を置いて、客が、味噌汁用だとか刺し身だとか頼んで、誂え向きに捌きながら売る。

左手の小さめのショーケースには、マグロやカツオを煮たのがバットに入って飴色でこっちを誘う、それもお願いする。落語家のように弾むような調子の江戸訛りで「醤油はいるんだろ?ねえとなあ、爪楊枝でいいかい?ちょっと奥へ取ってきてやっから」。醤油を瓶からチョビチョビ良い具合にかけてくれた。

吉良上野介邸に行くのはまた今度にして、勝海舟生誕の地である両国公園で刺し身を頬張る。新橋から両国まで歩いたあとで、マグロの甘みと醤油の塩分が美味かった。マグロ煮もパサパサではなく煮加減が上手。また寄ろう。

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