不器用に魚を食べていると、親父が、骨のついたまま口に入れてチュッチュッやって、骨だけ器用に出してみせ、
「こうやって、すばぶって食べりゃあ良え(ええ)」
と幼少の私に教えたのを思い出す。今では骨格標本ができるくらいいつもきれいに魚を食べる。きれいに魚を食べると褒められたものだ。社会に出て知ったが、一旦口に入れて出すことはマナーが悪い。外食で、出て来た鯛のアラ炊きが美味くて夢中になり「すばぶって」食べ、周りの人にジロっとみられた記憶がある。
なんでいきなり「すばぶる」を取り上げたか、いま、動画を見ていたら、中国人はカエルを食べるときに骨ごと口に入れて口の中でモゴモゴ身をこそぎ落とし骨を口から出すということを、下品だとは言わないまでも、文化が違うんですねと濁してユーチューバーの人が言っていた。その動作から「すばぶる」という動詞を思い出し、書き始めた、魚食うときにしゃぶって後から骨出すんじゃけど・・・
「すばぶる」という動詞は広島弁だが用途はほぼ、煮付け魚や魚の水炊きや河豚ちりを食べるときに限られる。すばぶるという言葉のブルという濁音の交じる愉快さと、ちょっと下品な食べ方だけどねという風をしてみせる親父の滑稽な様子から、印象の強い広島弁の一つだ。人前ではあんまりやりんさんなよという含みと、でもこうやれば全部食える、という実用性。「建前より本音」「見て呉れより中身」「上品さより効率」で言えば完全に後者。
汁気の多い果物、モモも、すばぶって食べる。汁を吸いながら身を食う感じだが、音は出さないように食べる。基本的には魚の煮付けや、フグ鍋みたいに骨にしっかり身がついているのをしゃぶって食う動作を言う。そばを食う時のブブブ、とかズビビという音は極力出さない。小骨についたお箸でとれないような美味しい身を、余すところなく食べたいときに、舌を使ったり身を吸ったりして「すばぶる」のだ。魚の身を残すことは魚に悪いから、骨に身を残しているのを見ると「魚への冒涜だ、マナーが悪い」と逆に思う。
「すばぶる」をグーグルで検索し、方言リストや記事に「すばぶる」が含まれ、かつ地域が特定できたのは次の通り。香川県三豊市、香川県仲多度郡多度津町佐柳、岡山県高梁市、芸能人の千鳥の大悟が使っていたので出身地の北木島(岡山県笠岡市)、岡山県吉備中央町、広島県福山市鞆町、広島県尾道市と向島、広島県三原市、広島県呉市広、愛媛県今治市伯方島、愛媛県宇和島市、山口県柳井市、山口県下関市彦島。
赤丸でプロットしてみる。「すばぶる」使用地域は瀬戸内に集積していることが明らか。
広島岡山そして山口愛媛香川など瀬戸内沿岸に多い。魚を食べるときにこの言葉を使うこと、使用されている地域に島嶼部が多いことから、海つながり、船乗りの言葉かもしれない。水軍の活動範囲とも重なるような。。
瀬戸内沿岸の魚をよく食べる地域では、老若男女「みばぁなんかえっときにせんと、皆ぁすばぶっとるよ(どう見られているかはそれほど気にせずに皆しゃぶっているよ)」という気がする。
例外的に内陸に使用地域があった岡山ではきっと、ジューシーな桃を「すばぶってる」はず!
追記
すばぶるの語源を調べていたら、すわぶる、しわぶる、も「しゃぶる」の意味。しゃぶるの古語だろう。
しわぶるの記載
精選版 日本国語大辞典の解説
〘自ラ下二〙 未詳。せきをする、せきこむの意か。
https://kotobank.jp/word/%E3%81%97%E3%82%8F%E3%81%B6%E3%82%8B-297535
※万葉(8C後)一七・四〇一一「二上の 山飛び越えて 雲隠り 翔(かけ)り去(い)にきと 帰り来て 之波夫礼(シハブレ)告ぐれ」
〘他ラ四〙 口に含んでなめまわす。口にくわえて吸う。しゃぶる。
※名語記(1275)九「しはぶる、如何。すはぶる也。すはは吸の義也」
※御伽草子・常盤の姥(類従所収)(1504‐21頃)「歯は落うせてなけれども、はじしをもってあいしらひ、もときり昆布がなしはぶらむ」
[補注]「しは」は「しはぶく(咳)」等の「しは」と同じく唇に関わる語根として、「ぶる」は「くすぶる」「ゆさぶる」等に共通する作用行為の接尾語と見るのが妥当か。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版
すば、すわ、しわ: 吸うの意味 唇にかかわる語根
ぶる:作用行為の接尾語
広島弁は古語表現が多い。昔話のじいさんみたいに、~じゃあ。といったり。
「~じゃけん」、というのは「~じゃきに」とか「~じゃけに」とも言ったりする。古語の「けに(故に)」に由来する。
「はあ日が暮れたけ、いのう」は古語の「往ぬる」帰るから来ている。ちなみにイヌは帰ってくる動物だからイヌ。
「しわい」は、古語の「吝い」だけどケチではなく、つかれるとか硬いの意味でつかう。
「すわずる」もしゃぶる。山形(庄内弁)ではぢぢどこすわずる(おっぱいを吸う)という。
「すばぶる」、ではなく、「すわぶる」をグーグルで検索し、方言リストや記事に「すわぶる」が含まれ、かつ地域が特定できたのは次の通り。新潟県北区豊栄、岡山県倉敷市下津井、新潟県中蒲原郡村松町(現五泉市村松)、出雲弁、島根県浜田市、山口県熊毛郡上関町大字祝島、山口県宇部市、愛媛県松山市(正岡子規の俳句や伊予出身の文人はしゃぶるをすわぶると書いている)、福岡県糸島、長崎県対馬、筑豊弁、筑後弁、田主丸の方言、大分県奥豊後方言(weblio)、大分県竹田市と周辺、大分県杵築郡大田、熊本県天草市、宮崎県高千穂町、鹿児島弁、
新潟周辺と庄内、出雲、島根、山口西部、筑豊、筑後、奥豊後、高千穂、鹿児島など。「すばぶる」が優勢な瀬戸内地域を取り囲む(遠巻きにする)ように「すわぶる」が分布していて重複があまりなくて面白い。ちょっと同心円的。
「すばぶる」=「すわぶる」=「しわぶる」=しゃぶる
「すわ・しわ」唇に関する語根 吸う
「すわ」「ぶる」唇の動作 しゃぶる
「しわ」「ぶき」唇が吹く 咳
コメント
「すばぶる」が広く用いられていることを知り嬉しくなりました。私は山口県西北部で育ち魚を食べるたびに「すばぶる」ことをしつけられたものです。
コメントありがとうございます。響灘の魚も美味しいですね。先日、下関市から角島までドライブしましたよ。憧れの特牛コットイにも寄りました!
広島と山口県西北部とはすばぶる仲間ですね。