USBに神が宿る

高確率でUSBの裏表が反対向きになって、うまく挿さりません。恐らくUSBの神に私は呪われています。ふふ、読めた、素直にいくと反対向きになるから先回りして反対向きに入れリャいい、そうしてみても、やっぱりそれが反対向きで挿さりません。本当に呪われています。

いやいやそんなことはないだろう、確率は裏か表かの50%の丁半博打だ、と思うのだけどやっぱり一発で挿さりません。よし、2手先を読んで裏の裏つまり表で行ってやれ、いざ勝負、と意気込んでみてもやっぱり裏目に出る。ギリギリまで表で行って、挿入直前にフェイントで裏にしてみるも、やっぱりそれでも逆効果のようで入らない。運に見放され、USBに宿る神の御威光に日々打たれ平伏しておる毎日です。

「間違った時の記憶がより強化されて、実際とはかけ離れた印象になっている」と冷静になれば考えます。人は利得の喜びよりも損失の哀しみのほうを強く感じる生き物であり、その結果、利得機会と損失を回避する機会との両方が提示された場合、損失を回避する方を選びます(損失回避バイアス)。そのように人の認知にはバイアスがかかります。

そこへ持ってくるとUSB-Cは裏表がない。だから必ず挿さってしまい面白味もクソもない。例えば人間と同じで、裏表がないものほどつまらないものはありません。身の回りのモノでちょっと運試し、コレがしたいのです。例えばスリッパや下駄を脚で放って表が出れば「運が良い」みたいなことをしたと思いますがアレ。

スッとささったら「自分、いま波来てるっす!」とまるで上手くいっているように錯覚して、その先のことに対しても傲慢になりがちで、慎重さを欠くことになるでしょう。逆にUSBがうまく挿さらないことによって、その人は生き方を転じ得ます。つまり、身近の瑣末なことでほどほどにうまく行かないことがある種の謙虚さを生み、慎重にやろうと考え始めるのです。おみくじで凶と出ても腹を立てる人は居らず、普通はおみくじに従い謙虚に過ごすものです。間違う事がUSBの裏表ぐらいでああ良かった、他の事で大きくしくじらなくて良かった、と。アテが外れてコンチクショウと思いつつも、USBの神様によりお授けいただいた啓示であると思えば、感謝の気持ちが胸に自ずと溢れてくるはずです。。。

うそやな!ぜったいうそや、なにいうてるんや、オレは。自分に嘘つくな!ほんまUSB発明したやつでてきんさい。シゴウシタル。裏か表かわかる様に作れよ!クソ腹立つ!全然ささらんや無いかい、、、ああ、挿す前にチラッと覗けばええんよね。まあでもそうしたらささるかどうかの運試しゲーム感覚が無いようになるし、答えを先に知るのは自分に負けた気がするしワシのプライドがゆるさんのんじゃ。

・・・・と、性懲りも無く今日もUSB御神籤(オミクジ)運試しで負け続けています。ムキーッ!!

タグをどうするか迷いましたが、頭のおかしい人の文章になりましたので「メンタルヘルス」USBなので「テクノロジー」何らかの処方箋を自分で考えたので「自己改善」としました。はい、わざとやってます。暑さのせいで熱暴走中ということにしておきましょう。

残暑厳しい折どうぞご自愛ください。良い週末をお過ごし下さいネ。

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