アトサヌプリ

アトサヌプリ、硫黄山に関して調べたことのメモ代わりでゴメンナサイ。

硫黄はよく燃えるのでマッチになる

アトサヌプリは硫黄鉱山でもあった。硫黄は燃えるのでマッチの原料になる。あのマッチの燃えるイイニオイは硫黄の燃焼する匂い。酸素と結びついて二酸化硫黄。明治期に日本はマッチ輸出国だった。硫黄の英名「sulfur」は、ラテン語で「燃える石、火の源」の意味。

硫黄コロイドや牛乳や石鹸溶液や泥水はコロイド

コロイドと、は粒子が沈まないでプカプカ浮かんでいる状態、牛乳もそう。浮いている沈殿という表現もある。溶けていないから真の溶液ではなく、コロイド溶液という。美瑛の青い池は、アルミニウムコロイドによる光の散乱によって青く見える。

白ひげの滝の青い水面も、アルミニウムコロイドによる青い光の散乱。

硫黄は溶けるとしばらくはコロイドとなって懸濁する。凝集し浴槽に付くのが「湯の花」。アルミニウムコロイドは正荷電しているので、互いに反発して粒子が集まって大きくならない(集まると沈殿する)。電解質を加えると、電気的に中性となって集まって沈殿する(凝析)。

粘土の粒子は陰性に荷電したコロイド。泥水で濁った河川の水が海に達すると”塩水”つまり”電解質”陽イオンに出会う、そうすると上記と同様に、コロイド粒子荷電が中和されて、土の粒子同士が集まって沈殿する。三角州はそうやってできる。

豆乳(コロイド溶液)ににがり(電解質 MgCl)を入れて固めたのが豆腐。

アトサヌプリのおいたち アトサ(裸)ヌプリ(山)

アトサヌプリは今からおよそ2000年から500年前に誕生した小火山。低いドーム型(溶岩円頂丘という)で標高が512メートル。

上図、中央部分が吹っ飛んだあと(画面全体の白い所)、中央の新しい溶岩ドームが盛り上がった。新しい溶岩ドームの山頂に熊落としという大きな穴(爆発火口)が開いており、盛んに噴煙をあげ、噴気活動をしている。その周辺は硫黄分を含んだガスのため、草が生えず、溶岩がむき出しているためアトサヌプリ(アトサ=裸 ヌプリ=山)と言われる。

2000年前にアトサヌプリができるまで

富士山みたいな屈斜路火山がもともとあって、頭の部分が大爆発で吹っ飛んで陥没、カルデラが作られた。底に水が溜まって古屈斜路湖になる。その古屈斜路湖の中にポンポコ火山が育ってくる。↓

古屈斜路湖の中に3つ火山ができ(上図、左列上図の3つの火山)、そのうちの一つアトサヌプリ外輪火山は頂上部が陥没、摩周火山も誕生(上図、左列下図 右端で摩周火山が爆発)屈斜路湖も摩周湖も火山のカルデラ。

7000年前に摩周火山も陥没、摩周カルデラを形成、摩周湖誕生↓

2000年から500年前に、アトサヌプリカルデラの内側に火山が出現(アトサヌプリ火山群、アトサヌプリ(硫黄山)、サワンチサップ山、マクワンチサップ山 何れも石英安山岩質)

安田善次郎さんによる硫黄鉱山開発

国立国会図書館より転載

アトサヌプリ麓のゲストハウスには、安田善次郎さんの硫黄鉱山開発の歴史、関連展示物がおいてあります。含有率90%以上の高品質な硫黄鉱石がつるはしで掘り起こせた

アトサヌプリで採掘された硫黄は、標茶で精錬、釧路から輸出。運搬用鉄道がのちの釧網本線の一部

アトサヌプリの硫黄鉱山は、明治時代の士族反乱(西南戦争等)における国事犯収容施設(集治監)の建設、北海道開拓の停滞を打破したい開拓使の方針、安田財閥による鉱山開発の意向など様々な思惑が結びついて開発されたものである。鉱山としての命脈はわずかな期間であったが、集治監の設置や鉄道の建設などを通じ行われたインフラの整備は、後の釧路地方開発の礎となった。採掘した鉱石の積み出しは、アトサヌプリの東麓に敷設された鉄道により行われた。安田財閥の撤退後は長期間の休止の後に野村財閥系となり、1970年まで操業が続けられた。(wikipedia アトサヌプリより)

アトサヌプリの山元から標茶まで陸路(鉄道路)、標茶~釧路が舟運。オダイト(苧足糸)から輸出。

釧路の搬出港 おだいと 今の大町6.7.8丁目

アトサヌプリ山元での様子(やまのふもとを山元という)

レストハウス展示

麓(山元)には精錬所があった。使われていた道具(上図)

標茶の硫黄精錬所 蒸し焼きにして溶かし出す

硫黄鉱石から硫黄を精錬する機械。

焼き釜に鉱石を入れて硫黄分を溶出させる。釜から抽出された硫黄は液体であり、これを型に流し込み冷却して円柱状の固体にして出荷した。焼き窯方式は亜硫酸ガスなどが発生するため、のちにオートクレーブ(高圧水蒸気釜)を用いて高圧水蒸気に硫黄を溶け出させてこれを回収する方法に切り替わった。

アトサヌプリの風景

硫黄の用途

干し柿の加工工程、皮むき後に「硫黄くんじょう」を行うと、酸化防止(黒くならない)制菌作用、干し柿の乾燥促進。干しイチジクにも使われる。

火薬、農薬

ワインの酸化防止剤

ゴムへの加硫

べんがらの原料

燃えやすいので焚きつけに

現代は石油精製過程の脱硫装置から硫黄が得られる

昭和20年代の朝鮮戦争時には「黄色いダイヤ」と呼ばれるほど硫黄価格が高騰し、鉱工業の花形に成長したが、昭和30年代に入ると資源の枯渇に加え、石油の脱硫装置からの硫黄生産が可能となり、硫黄の価格は下落。昭和40年代半ばには国内の硫黄鉱山はすべて閉山。現在、国内に流通している硫黄は、全量が脱硫装置起源。

長々とごめんなさい。調べだすと止まらない。

コメント

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