訛りの真似をしたい誘惑との葛藤

オウム返しは傾聴の技法、ただ、相手が訛のきつい方言話者である場合にどうするのか。方言でオウム返しすべきか。私の結論は否で、標準語で返すべきと考えます。いや、それしか出来ないから。

加えて、不完全な方言は失礼にあたり、コミュニケーションを妨げるのではないか、と。洗練された聞き取り能力とイントネーション再現能力が身についていれば別ですが、それは一朝一夕に完全には身につきません。なんとなく聞き取れるところまでは先にいくけれど、なかなか喋れない、外国語を学ぶのと同じ。方言を喋ってみるのは難しそうだからやってみたくはなります。地域で数年過ごし少しは方言のモノマネができるようになっても軽々しく披露してはいけない。本質的にモノマネは自己満足でしか無く、それを失礼だと思う人だっているからです。方言に愛着が湧いたという良い動機であっても、痛い人と思われる場合がある。

仕事中、おばあちゃんの方言がコッテリしていて可愛かったので、おばあちゃんが帰ったあと地元出身のアシスタントと雑談、私が方言をだいぶ聞き取れるようになったことや、いまおばあちゃんが使った語彙の意味や発音についてたずねたりしました。「ただし、真似しないほうが良いですよ、中途半端にしかこっちの人には思われない、なんでやるんだろうとしか思えない。(同僚の)Aさんがやるんですよね。媚びているのかすり寄っているのかよくわかりませんが、すごいやだ」と不完全な千葉弁にイライラすると本音をポロリ。東北出身のAさんは見事な千葉弁を操るものだとどちらの方言もわからない私は勘違いしていましたが、地元の人の耳には不完全な千葉弁に過ぎず、いわき弁なまりの千葉弁で、むしろ強い違和感を覚えておられたのでした。エセ広島弁を使った仁義なき戦いという映画への違和感と同じです。広島方言が学芸会なみで、アラが気になってストーリーがアタマに入って来ず、素人芸の域をでない広島弁にイライラして途中で見るのをやめたのを思い出しました。ヤクザの演技と転校生が喋るような広島弁、あんなものを広島と言われても。。。他所の人が作った捏造にしか感じません。不完全な方言を喋られるぐらいなら標準語でよいです。

結論。方言ギチギチのおばあちゃん、よく思い出したらこちらの言葉を完全に理解し方言で返してくる。すなわちおばあちゃんの了解可能な方言のスペクトラムは広く、表出言語の選択肢が単に方言であるというだけであって、標準語を理解しないどころか、リスニングでは方言と標準語を了解し、高度な翻訳処理をして返事しているのでした。いかに特徴ある方言話者に対しても、おばあちゃんの標準語聞き取り能力に依存し、こちらは使い慣れた標準語で返すべきと考えます。こちらとしては方言聞き取り能力を磨き、方言で理解し、標準語で表出する、いわば翻訳作業に専念するだけで良いと考えます。ギチギチの方言しか喋れない人でも標準語は聞き取れる場合が多い、ということです。

返す返す、不完全な方言を使うことはネイティブに対しわからないばかりか失礼に当たることもある、という話。相手の文化を尊重するならば遠くで観察すべきで、自己満足でしか無い不完全な真似事を他人様に披露すべきではないと考えます。標準語でも方言でもない別の言語が出現したようなものだから。


最近繁く聴いている曲。ConstantiniさんのBWV1003、バイオリンの曲ですがバイオリンで重ならない音同士がバンドネオンで重なるとパイプオルガンみたい。

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